ウィタ・セクスアリス

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大石秀一郎は、悶々としていた。

予備校の自習室で、赤本を開いたが、さっきから1ページも進んでいない。

鼻先を掠める官能の記憶。
恋人の匂いと、愛用の香水の香りがまざりあった…。

空はこんなに青くて澄んでいるっていうのに、俺の頭の中は…。



昨日は、すっかり、英二に翻弄されてしまった。
したくないのかと思いきや、突然誘惑してきて。

背を向けたと思えば、甘えて擦り寄ってくる。
まさに猫だ。


いや、あれは甘えたなんてもんじゃない。
噛み付いて、可愛がれって強要したみたいな…。
無茶苦茶なんだ。

彼は、猫なら山猫。
馬なら、じゃじゃ馬だ。


その例えに、くすりと笑いそうになった。
でも、俺は、彼のそういうところが、気に入ってるんだ。

飼い馴らしたと思った頃に、突然、爪を立てる。
人懐っこいふりをして、本当は、なかなか飼い馴らされてはくれない。


彼の素直さは、従順さとは違う。
気持ちいいことは、もっとしたい。
気持ちよくなければ、したくない。
わかりやすいこと、この上ない。
自分の欲望に、素直なんだ。

欲しいから、欲しいと言い、欲しいから、貧る。
挑むような目で見上げて、貪欲に俺を揺さぶる。



昨日のあの目で、俺は思い出した。
彼は心の内に、焔を、激しい熱情を隠している。
それに触れたくて、焦がされたくて、俺は彼に恋したんだ。

彼の身体の中の熱さを感じたい。
できるならば、俺自身で、彼の熱い身体を貫いてみたい。
もっともっと、彼に焦がれたい。


…昨日は、されるままになってくれたけど、あの場所へ立ち入ることだけは許されなかった。
すぐそばにあるのに、触れることもできないなんて…。
思わず、机に突っ伏した。

英二が嫌なら…、なんて、カッコつけだった。
俺の本性が、これだ。
我が儘に、彼を求めてみたいんだ。
欲望のままに。

…俺も、彼みたいに、自分の欲望に素直になってみようか。



…とはいえ。
無理強いなんて、やっぱりできない。
怖がりの彼に、あんな行為を強いるなんて、どうしてできるだろうか。


そんなことをして、彼を失うのも怖い。
気まずくなって、何もできなくなるのも困る。


そもそも、男が男を体に受け入れるって、気持ち的にすんなりできるものなんだろうか。
…きっと、俺は、待ってやらなきゃならないんだ。
彼の気持ちがととのえられるまで…。



だけど、英二…。
俺、限界だよ。
だって、あんな風に誘惑しておいて…。
待てないよ…。

大石は、溜息をついて、机の上の赤本を眺めた。
今日のノルマは、全くの手付かずだった。

いつの間にか、外は夕暮れ。
あまりにも、あまりにも青臭い一日が、暮れようとしていた…。

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