昨日来た道


「ねえ、大石って、俺のこと好きなの?」

屈託のない口調のまま、英二が尋ねた。

デリカシーのかけらもないやつらだ、桃城も、そして英二も…。

「…そうだけど?」

だから、何?、といった態度で相手の反応を探った。
ここまできたら、もう、開き直るしかないではないか。

「てことは、俺にエッチなことしたいとか、思うわけ?」

完全に面白がられている、というか、おちょくられている。
情けなさに涙が出そうだったが、やけくそになって応じた。

「当たり前だろ、好きなんだから」
「ふぇー。そっか、好きなんだもんな…。え!じゃあ、テニスしてる時とかも俺とエッチしたいと思ってたの!?」

「それはない。夜とか…休みのときとか…」
「夜!?夜になるとムラムラしちゃうってこと?」
「まあ、そうだな。当たり前のことだろ、男なんだから」

「毎晩?」
「毎晩…かな」
「ま、毎晩…!?」

考えてみれば、キモチワルイと避けられるよりは、おちょくられているほうがずっとましなのだ。
英二が、友情を汚したなどと高尚なことを考えるタイプではなかったことに感謝するばかりだ。
ちょっと正直に答え過ぎたようではあったが、やけくそ戦法が功を奏してか、なんだかうまく丸めこめそうな方向に風が向いてきた。

「…でもさ、俺、平気かもよ。だって大石がいちばん気持ちいいもん」
「…気持ちいい!?」

今度は、俺が驚く番だった。
気持ちいいことなんて、英二にしたことも、されたことも、ないのに。

「ぎゅっとしたとき。気持ちいい人にしかしないんだけど。大石がいちばん気持ちいいから」

英二の言うのは、親しい人に後ろから近づいて抱きつく、彼流のコミュニケーションの方法のことだった。

「へ、平気って、エッチなことされても平気ってことか!?」
「…興奮すんなよ」
「あ、ごめん…」

「なんか、大石に触られても平気な気がする。たぶん、平気だなー、俺」

尋常ではない発言に、俺は知らずブランコから完全に立ち上がっていた。

英二はというと、反対の方向の空を見上げて、地面を軽く蹴るとブランコを漕ぎだした。

態度からすれば、英二が俺を好きだという様子は全く窺えない。
好きとか嫌いとかいう以前に、セックスへの興味が勝っているということなのだろう。

それでも、かまわない。
俺でもいいならば、ぜひ。
ぜひに、ぜひとも。
お願いしたい。

プライドという言葉は、俺の辞書から姿を消した。


「…熱帯魚の新しい子が来たから、見に来るか?かわいいぞ」

英二の気持ちが変わらないうちに、というわけでもないが。
いや、そういう下心があったことを否定はできない。
ともかくも、俺は再び家路を辿り、英二はホイホイと俺についてきた。

期待を込めて手をつなごうと手を伸ばしたが、すげなく振り払われた。

英二は、俺の隣ではなく、数歩後ろを歩いてきた。

「あ。ギンモクセイ」
その声に振りかえると、英二は腰を曲げて、道路わきの花壇に向かって体を乗り出していた。

小さな白い花がほろりほろりと、甘い香りといっしょに零れ落ちていた。

「これ好き」

言いながら、英二はうっとりと花の香りを嗅いでいる。

「ギンモクセイ?金木犀じゃなくて?」

俺の問いに、呆れた表情で英二が答えた。
「色が違うじゃん。山吹色なのが金木犀で、こっちの白いのは銀木犀っつーんだよ」

「…そうか。色か」
「大石ってさ、意外と、もの知らないよねー」

英二は、祖父母の影響でか、俺の知らない知識を持っていた。
花の名前など、中学生で、しかも男が、知っている方が珍しいと思うのだが、反論しなかった。
それは、俺にとっては好ましいことだったから。
英二と一緒にいて、面白いと感じることの一つだった。


しばらく歩くと、また、英二は足をとめた。

「ねえねえ、ちょっと来て」

振りかえって見れば、今度は表札の横に貼られた張り紙を注視している。

「なに?」
近づいて張り紙を覗きこめば、かわいらしい子猫が何匹も重なりあった写真が印刷されていた。

「赤ちゃんが生まれましたー、だって!見たい!」
「この家でか?」
「うん、見ていこーよ」
「もらわないんだったら迷惑になるだけじゃないの?」
「いーんだよ。見て、それで、クラスで話すれば宣伝になるだろ?」
「まあ、そういうこともあるか」

口車に乗せられた格好で、俺はその家の呼び鈴を鳴らした。
ドアが開くと、恰幅のいい中年の女性が顔を出した。
英二はこれ以上ないという笑顔で、張り紙見ました、と言った。

「うわあ、かわいい、かわいい」

三毛猫が3匹、お腹の白い灰色の猫が2匹いた。
英二は興奮を隠しきれずに、でも子猫を驚かさないようにおそるおそる顔を近づける。
見知らぬ、体の大きな黒い服の人間に、子猫たちはおっかなびっくり。
そのうち子猫たちも、俺たちが害がない人間だと悟ったらしかった。
ぴょこんぴょこんと跳ねるように体を動かしたり、のどを鳴らして甘えてきて、それはかわいらしかった。


英二は指の背と腹を使って、子猫の小さな小さな額を撫でた。
子猫はうっとりとして、ごろごろとのどを鳴らす。
あまりの気持ちよさに、そのまま眠りこけてしまいそうだ。

「こんなところが気持ちいいのか?」
猫ってやつは不思議な生き物だ、と思った。

「そうだよ。猫はね、ここがいちばん気持ちいいの」
「いちばん?嘘だろう?」
「ほんとだよ。っつーか、もしかして今イヤラシイ意味で言ったの?」
「…ちがうよ」

いくらプライドを捨てたとはいえ、そんな風に思われるのは心外だった。

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