じゆうにへんかん20題

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  2 とける  

6限目が終わって、高等部の敷地に近い図書館へと足を向けた。

「おーいし!」

心騒ぐ声の主は、夕焼け色の髪を弾ませて走って来た。


「ね。手、出して」
「なに?」
「はい」

差し出した手の平の上に、チョコレートが一粒置かれた。

「溶けないやつ」
「溶けないの?」
「手の上ではね。口の中に入れたら溶けるよ」

「ちょっと見せて」

英二の手の中からチョコレートの箱を受け取って、能書きを読んだ。
手の平の上で溶けないように、表面を軽く焼き上げているのだという。
どういう理屈で溶けないのか、それについては何も説明されていなかった。

「納得した?」

英二はニヤニヤと笑っている。
不審に思って、首を傾げて見返した。

「反応がね、乾と同じだったから」

乾は俺と同じように、チョコレートの容器の側面をしげしげと眺めて考え込んでいたそうだ。
なるほど、乾ならば間違いなくそうするだろう。

タカさんは、ありがとうと言ってそのまま口に入れた。

不二は、手の平を合わせてチョコを溶かして見せた。


「手塚はどうしたと思う?」

うーんと考えるふりをして、その実、俺は上の空だった。
夕日が英二の頬を、髪を照らしていた。
瞬きに紛れて、ちらちらとそれに目を遣った。

「どうかな…」
「答えは、不二と同じ!意外だろ?」

そう言って笑った。
俺もつられて笑いながら、口の中にチョコレートを入れた。

「図書館行くの?」
「うん。自習室より集中できるからね。」
「乾に聞いたけど、もう数Tやってるんだって?」
「そう。4年になってから楽できるように。」
「そんなこと言って、楽なんかしたことないじゃん。」
「いま難問に引っ掛かっててさ。解いちゃわないと気分が落ち着かないんだ。」

「そっか。じゃ、それあげるよ。」

英二は、俺の手の中のチョコレートの箱を指さした。

「頭の働きがよくなるだろ。」


口の中のチョコレートは、ゆっくりと、甘く溶け出した。

「…解けるかなあ。溶けないチョコなんでしょ?」

英二は目を見開くと、ぷっと吹き出した。

「…つーか、ダジャレ?」

と思うと、今度は頬を膨らまして抗議の声を上げた。

「要らないなら返してよ。」

「冗談だよ。ありがたくいただきます。」

「司書の先生に見つからないようにね。」


英二は手を振ると、踵を返して立ち去った。

チョコレートは、甘くほろ苦い味わいを残して、緩やかに溶けて消えた。

目前の難問中の難問は、いつか解けてくれるのだろうか。

名残惜しく見送りながら、もう一つ口の中に入れた。






[とける−溶ける−解ける]

end
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