チョコレートデイズ 

change the world 2


がんばるかどうかは、ともかく。

考えるにつけ、英二の身が、というとおおげさだが、案じられ始めるのであった。


ダブルスは誰と組んだのだろうか。
不二だろうか。
だれでもいいが、うまくいっているだろうか。
悩んでいやしないか。

そういう、ごくまっとうな心配であった。
ゴールデンペアとまで謳われたコンビを、こちらの都合で解消したわけだ。
当然、その後の片割れのことは気にかかる。

愛だ恋だとはまた別に。
英二という人間の全存在が大切であるがゆえに。
彼の心配は俺の心配というわけだ。


英二とは、高校に入学してからはコンタクトを取っていなかった。
お互いに新しい環境に慣れるのに4月中は精いっぱいであったろう。
自分もそうだったし、きっと英二もそうだろう。
それに、案外と気を遣う彼のことだから、向こうからはしばらく連絡はしてこないにちがいない。

そう思って、英二の携帯電話に電話をかけた。
それが5月の半ばのことだった。

メールにしなかったのは、声が聞きたいという理由以外になにもない。


「おーいし!?」
「ああ。元気?」

「うわーん!なにそれ!?なんでもない声して。ひさしぶりだっつーの!!」
「う、うん、ひさしぶり…」

ひさしぶり、の電話の向こうのハイテンションに、俺はまず度肝を抜かれたのであった。

「その、どうだろう、ダブルス。どんな感じだ?」
「それ!そうなんだよ!俺もさ、大石に相談したかったんだよーっ!!」

じゃあ、ということで、緊急ミーティングである。
もちろん、青学の中間考査前の、部活動禁止の時期を見計らって電話をかけたのである。
早速会いましょうとなるように。



☆☆☆☆



待ち合わせ場所は、俺が通っている予備校の近くの、駅ビルの前である。

遠くから駆けてくる赤い髪の少年。

少年?

少年だって!?


「あ!おーいしー!」


白い歯が光る、屈託ない笑顔。

相変わらずの元気爆発という雰囲気。

そう、これが菊丸英二。

「ひさしぶりっ!元気そうだね?」


広い肩幅。

詰襟から伸びた首には、程よく筋肉がついて。

程よく筋肉が…。

広い肩幅…。


男だ。

男じゃないか。

男なんだ、菊丸英二は。


久しぶりに会った想い人というのは、とかくイメージが先行しがちで、実際とのギャップに落胆するものである。
とは、聞くけれど。

「あっ!」
「なんだよ。大きい声出して。びっくりするじゃん」

「英二、背が伸びたろ?」
「へっへーん。わかったあ?」

やっぱり。
背だけじゃない。
全体的に、男の体になっているのだ。

たった2カ月で?
いや、たぶんその前から変化はあったのだ。
俺が気がつかなかっただけで。

「でも3センチだけだよ。大石は?」
「…1センチ」
「なんだ、じゃあ来年には追いつくな。ははっ」


男だ、男だ。
英二は男だ。

なんで。
俺は。

英二を俺は、どうするつもりだったのだろうか。



駅から予備校までの道沿いにドーナツ屋がある。
英二が、甘いものが食べたいと言うのでその店に入った。

「なあ、大石」
「なんだ」
「チョコクルーラーとチョコファッション、どっちがいいと思う?」

…なんなんだ、真剣な顔してその質問は。

「…そんなの、自分が食べたい方にすればいいだろ」

「…大石、つめたーい」
英二は拗ねて、俺の肩に自分の肩を押し付けた。

「…ちょっと前までは、俺が決められない時はいつも大石が決めてくれたじゃん」

「…そうだっけ?」
その、少し前までの自分、を思うと頭がくらくらした。

「そうだよ!ね、どっちにするか、大石が決めてー」
そう言いながら、英二はぐいぐいと肩を押し付けてくる。

「ええ!?なんで俺が…。じゃ、じゃあ、チョコファッションにしたら?」
「うん。そーする!」

素直なところは相変わらずだ。
それにしても、久々の過剰スキンシップ。

「…ちょっと、くっつきすぎじゃないか?」
「そお?」

本人は一向自覚がないのだから困りものだ。
とはいえ、嫌な気がしないという俺も、困りものではあるのだが。


英二は肩をくっつけたままで、ショーケースの中をぼんやりと見ていた。

いつもは少々はしゃぎ過ぎぐらいの彼が、ときどきこうして大人しくなる。
英二のまつげの下に出来た影を見ると、寂しいとも悲しいともつかない、不思議な気分になるのが常だった。

ほんのちょっと前までは、こうしてくっついているのが当たり前だった。
おそらくは自分より幾分か体温が高い英二の、温もりが懐かしかった。

慣らされたとも言えるかもしれないが、体を寄せ合っていたのは確かに心地よかったせいなのだと、改めて思った。


「お待たせいたしました!ご注文をどうぞ」
店員さんからにこやかに声をかけられて、我に返った。
いつの間にやら、自分の番が来ていたのだった。

「あ!まだ決めていません…」
「ええ!?大石しっかりしてよー。えっと、チョコクルーラーひとつとアメリカンで!」

横から顔を出した英二が、俺の代わりにオーダーした。


2階の席は、ほぼ全席が学生で埋まっていた。
ここは予備校街であるから当然だ。

俺たちは窓際のカウンター席に座ることにした。

英二は自分の椅子を引いて、俺の椅子に近づけてから腰かけた。
どきりと心臓が打った。


英二は、近況報告とばかりに、高等部の話を始めた。

いきいきとした瞳が、まばたきの度にくるりと動く。
その動きにつられて、瞳を注視してしまう。

久しぶりに聞く英二の声は、心地よい音楽のように俺の耳に響いた。
手を伸ばせば触れることができる距離に彼がいて。
隣に彼が存在するという事実だけで、俺の心は満たされた。

これが恋でなければ、なんだろうか。

英二は確かに男だけれど、それがなんだというのだろう。


熱心に語り続ける英二の口元に、チョコレートがついていた。
気がついた俺は、指でもって、それを拭った。

英二は、ぽかんとして俺の顔を見返した。

「…おまえさ、そういうの、ふつーにしちゃうわけ?」
「…なにが?」

英二の眉間にみるみる皺が寄っていく。

「自覚なさすぎ。誤解されるから気をつけろよ」
「誤解ってなんだよ」
「誤解は誤解だよ!いちいちめんどくせーな!」

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