ウィタ・セクスアリス
6
菊丸家の呼び鈴を鳴らすと、扉を開けてくれたのは、彼のおばあさんだった。
「大石くん、いらっしゃい。さぁ、上がって上がって。」
そう言うと、自分はどんどん中へ歩いていってしまった。
玄関に座った小さな愛玩犬が、俺を見つめて尻尾を振っていた。
思わず、見つめ合った。
「おーいしくーん。」
奥の居間から大声で呼ばれたから、慌てて靴を脱いで上がった。
おばあさんは、急須を傾けて、湯飲みに緑茶を注いだ。
英二はもうすぐ風呂からあがるから、と言いながら、それを俺の前に置いた。
「じゃっ、私は出かけるから。ごゆっくり。」
と言って、微笑んで、犬を抱き上げると、居間を出ていった。
しばらくすると、玄関の扉が閉まる音がした。
俺は、ふーっとため息をついた。
彼のおばあさんに会うのは、久しぶりだった。
この家の離れに住んでいるので、あまり会うことがないのだ。
ひやひやしたせいで、心臓の鼓動が速くなっていた。
今日は、二人して、もう一歩先の境へと、踏み出そうとしているのだ。
彼が、昼間から入浴しているのも、その準備のため。
俺が、彼にすすめたのだ。
受け入れやすくして、体の負担を少なくするために…。
「おまたせー…。」
入り口の玉のれんを手で除けながら、彼が居間へと入ってきた。
はにかんだ微笑みを浮かべて、俺をちょっとだけ見て、目を伏せた。
そんな、初々しい顔も見せられるんだ、とそそられた。
先月なんて、俺にパンツ脱げと言って驚かせた、彼なのに。
湯上がりで上気した頬。
湯気で湿った柔らかい髪の毛。
いつもつけている香水ではなくて、やさしい石鹸の香りをさせて。
全てが俺の心を引き付けた。
早く抱き寄せて、キスしたい。
湯上がりの、やわらかい体を、俺のものにしてしまいたい。
彼は、冷蔵庫の扉を開くと、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。
コップにそそいだそれを、かけつけ3杯、という感じで飲み干すと、俺の目をを見て言った。
「準備オッケー!上、行こう!」
突然のムードのない宣言に、吹き出しそうになったが、それをこらえて、彼の手を取った。
緊張してるんだ…。
二人、手をつないで、2階の部屋へと階段を上る時には、なんだか、俺までドキドキしてしまっていた。
彼の部屋の扉を閉めて、カギをかけた。
もうこれで、誰にも邪魔をされず、愛し合える。
そう思ったら、俺は、ベッドの横に立った彼を押し倒していた。
彼が怯えたような瞳で、俺の瞳を覗き込んだ。
暴力とか嗜虐とか、そういう気持ちがないのかを、見極めようとして。
俺は、彼の瞳を覗き返した。
そんなものはないから。
お前のすべてが欲しい、ただそれだけ。
安心して、預けて。
彼がまぶたを閉じたから、俺は、彼のくちびるにキスをした。
熱したくちびるの、熱を奪い取ろうと、何度もくちづけた。
熱は、奪い取るどころか、俺のくちびるに伝染して、お互いのくちびるを押し付け合えば、ますます熱くなる一方だった。
湯上がりの、いつもよりやわらかい体に、早く触れたくて、Tシャツを脱がせた。
いつもみたいに、服の上から愛撫することなく。
やわらかで熱い肌から、彼の匂いが立ちのぼる。
鼻腔を刺激する誘惑に、俺は興奮を押さえられなかった。
Tシャツだけでなく、肌を覆うものをすべて取り去った。
そして、もう、貧るようにして、彼の肌を犯していった。
彼の甘いため息が、俺の頭の上から降り注いだ。
それは、甘かったけれど、いつもよりもせつなげで、切羽詰まっていた。
今がいつで、ここがどこなのか、わからないし、どうでもいい。
俺は、早くも、そんな気分だった。
彼を横座りにさせた。
後ろから眺めると、腰のラインがなまめかしい。
思わず、投げ出した腿から、腰へと、掌でさすりあげた。
彼が、びくりと反応して、ほんの少し腰をよじった。
指でもって、背後から犯したい、今すぐに。
その衝動を抑えながら、前へと手を回して、たかぶりを見せてきたそれを掌で包んだ。
「英二…。」
囁いて、促すと、彼は俺の手を取って、触って欲しいところへと案内してくれた。
彼の感じるところはだんだんと把握してきたけれど、その時々で違う欲求に応えたいのだ。
初めてそれをさせた時は、少し戸惑って、恐る恐る、俺の手を取ったっけ。
今は、俺が促すのを待っている。
導かれたところを愛撫した。
「も、ちょっと下から…。」
「…こう?」
「…ん。」
時々は、こうして、言葉でもって、どうして欲しいか教えてくれる。
彼が、はあっとため息をついた。
熱いため息…。
もう、こんなに…?
違う、俺が急かしすぎたんだ。
もっとゆっくりと、彼の体と心を開きたいって、思っているのに…。
はやる気持ちを抑えられない…。
彼が出したものを始末した。
最初の頃、彼は、自分でやると言い張った。
恥ずかしさもあったのだろう。
意地、とかもあったかもしれない。
そういう、かたくなな心が、だんだんとほどかれて、すべて任せてくれるようになった。
その過程が、とても、うれしかった。
彼を再び、仰向けに寝かせた。
その隣に、俺も体を横たえて、半身を起こしてくちづけた。
ゆっくりと、深く、浅く。
くちびるをついばむだけのキスも。
心も、体も、開いて欲しくて。
彼が、薄くまぶたを開いて、俺を見た。
彼は、こうして、行為の最中に、俺の心の内を確認するのだ。
だから、俺はいつも、瞳を逸らさないで、見つめ返す。
そうすると、彼は安心したように、またまぶたを閉じて、快感に身をゆだねる。
俺は、再び彼の中心に触れた。
「…大石のは…?」
「もいっかい、してから、ね。」
「…ん…。」
今度は、彼の顔を間近に置いて、愛撫した。
彼の感じやすいところと、その周辺を、表情の変化を見ながら、扱いていった。
感じるところに触れられると、眉をひそめる。
そこをさらに刺激すると、苦しそうで、切なそうで…。
男がいく時の顔を見て、こんなに高ぶるなんて。
でも、実際、俺は、この顔が見たくてしかたないんだ…。
長い片思いの期間に、焦がれて焦がれて。
想像と、夢の中で、何度も彼を犯した。
その時の、彼の顔を夢想して。
だけど、その顔よりも、もっとずっと…。
彼が果てるまでの顔を見届けて、俺の中心もすっかり高ぶってしまった。
英二は、気怠そうに体を起こすと、そこに手を伸ばした。
「…くち…?」
「手で…。」
今、くわえられたら、すぐにいってしまいそうだった。
彼は、さっきの俺と全く同じ体勢で、俺の顔を見つめながら、扱き始めた。
「…いい?…」
「…ん…。」
あっという間に出してしまい、英二が始末してくれるのに任せた。
直後はどうしても、ぼんやりとしてしまう。
俺の下肢を拭いてくれる彼を眺めるのも、嫌いじゃなかった。
俺は今日の行為の、第一目的を思い出して、段取りを考えた。
そうしているうちに、寝ている俺の横に座り込んだ英二が、俺の中心を口にくわえて愛撫し始めた。
俺は、一瞬驚いたが、すぐに彼の横顔に見入ってしまった。
正面や上から見ることはあっても、こうして横から見ることはあまりない。
長いまつげが開いたり閉じたりを繰り返していた。
くちびるの、淫らな動きにうっとりと見惚れた。
そして、鼻。
本人は低いと気にしている。
確かに男らしい形ではない。
だけど、本人は欠点と思っているところほど、恋人から見ればかわいらしく見える、そういうものだ。
間髪入れずに2回目をしてもらい、今日の主旨から外れてる…、と思った。
座っている彼を後ろから抱き寄せて、そのまま、前に触れた。
彼は、寄り掛かるように、俺の胸に背中を預けた。
抱きとめて、空いている手で、快感に充血している胸を愛撫した。
悩ましい色に染まったそこは、もう一度触れられるのを待ち兼ねていた。
そうして、もう一度いかせると、今度は、横たわらせて、口に含んだ。
間を置かずに、また始めようとしたから、彼が口を開いた。
「…これも、準備?」
「うん、まぁ…。」
そんなあいまいな答えで、納得したのか、彼はおとなしくまぶたを閉じた。
俺は、また、彼の中心を口の中に収めた。
そうやって、何度もいかせて…。
彼は怠そうに横たわっていた。
体は俺の方を向いているけれど、視点は定まっていない。
瞳はぼんやりと宙を見ていた。
俺は彼の背中側に横たわって、彼の脚を前後にずらした。
潤滑液をその箇所に注ぎ、周辺を揉みこむようにほぐした。
俺は、彼が後ろに気を取られぬよう、前へも手を回して、感じやすいところを中心に扱いた。
彼がため息を吐いた。
そうして、指の一本を、その箇所へと滑り込ませた。
彼は、一瞬、体を固くした。
「…いま…?」
「ん…。平気?」
「へーき。まだ…。」
初めての彼の体の中は、想像以上に熱かった。
侵入させた指は、きつくきつく、締め付けられたけれど、逆らうように、だけど、ゆっくりと前後に動かした。
「…い…たぁい…。」
「ちから、ぬいて…。ね…。」
「ん…。」
同時に、その周辺を、今更のようにしごき、やわらかくしようと努めた。
一方で、前に回した手を動かすこともやめなかった。
彼の、その場所は、どこにあるのだろう。
そう思いながら、探っていった。
「…や…あんっ……」
濡れた声が部屋に響いた。
驚いて、手が止まった。
声をあげた本人も、固まっていた。
「…ここ?」
その場所を探った。
彼は、首を縦に振った。
彼を俯せに近い体勢にして、脚を開かせた。
彼の横顔が見えた。
きつくまぶたを閉じた目尻も、耳も、真っ赤に染まっていた。
もう一度、その箇所を刺激した。
「…んんっ!」
…ここなんだ…。
俺は、その箇所を一心に攻め立てた。
「…んっ…はっ……んっ!」
体の表面を愛撫していた時とは、明らかに違う反応だった。
もっとずっと強くて激しい快感。
追い立てられるような、焦れるような快感。
それに支配されていく彼を見下ろして。
…それを彼に与えているのは俺なんだ。
俺は、彼を征服したような、満足感に浸った。
彼は、指を増やしても、それに気付くこともなく、快感に夢中になっていた。
「はっ…あんっ……お…いし……おぉ…いし……。」
彼が、俺の名前を何度も呼ぶから、いとおしくてたまらなくなった。
彼を仰向けにさせて、その上に覆いかぶさった。
腰を擦り付けるようにして、お互いを刺激し合い、解放させた。
俺も限界だったのだ。
初めて見た表情、初めて聞いた声。
熱い熱い体のなか…。
二人が出したものを、俺が始末している間も、彼はかすかに腰をよじっていた。
まるで、体の内側でなにかがうごめいていて、それが気になるのだという風に。
それは、きっと、さっきまでの快楽の余韻…。
「…つづき、して、いい?」
尋ねると、こくりと頷いた。
瞳は快感に潤んでいた。
そこだけでなく、ほかに感じる場所があるのかを探ろうとして、さらに指を奥深くに、あるいは円を描くようにとうごめかした。
だけど、結局あの箇所が、一番感じるらしかった。
もう一度、そこだけを愛撫した。
こんな顔が見られるなんて…。
彼の快楽に歪む横顔を存分に味わった。
それは、体の表面を愛撫した時の顔とは、また違っていた。
どうしようもないくらいに乱れている自分を、どうすることもできない、そうしたもどかしさが滲んだような…。
だけど、どこまでも快楽をむさぼりたい、そんな淫らさも秘めた…、複雑な表情だった。
彼が腰をよじった。
咥えさえた指に、その箇所を擦りつけるように。
何度も何度も。
そうしながら切ない声をあげた。
もっともっとちょうだいと、いっているように聞こえた。
指をさらに増やしても、彼の体は受け入れた。
今日はきっと無理だと思って、俺自身を入れるつもりはなかったのだけれど。
もしかしたら、と思って、潤滑液を塗って準備した。
そして、指を抜き取ると同時に、俺自身を滑り込ませた。
先の方が入った、と思うと、潤滑液に助けられて、そのまま奥まで侵入した。
熱い。
やっぱり中は熱くて、その熱さに、頭の芯が痺れた。
「…んんっ…おーいし…?」
彼が違和感に腰をうごめかした。
「…はいったよ。」
俺は彼の手を取って、その場所へと導いた。
「…ほんとだ。くっついてる…。」
「いたくない?」
「だいじょうぶ…。でも、うごいたら、わかんない。ゆっくりうごいて…。」
「うん…。」
無理強いしなくて、よかった、と思った。
時間をかけて、彼の心が準備されたから。
恐怖も、プライドも、羞恥心も、取り除かれたから、こうして俺を受け入れられたんだ。
葛藤の末に、彼は俺を受け入れてくれたのだ…。
英二の心を思うと、無性にいとしさが胸に迫ってきて、俺は泣きそうになった。
腰を動かすことも忘れて、彼の背中を掻き抱いた。
「…ないてるの…?」
「…ううん。…なきそうだけど。」
「俺も、なきそう。感動しちゃった…。ね?うごいてみて。」
「うん。ゆっくりね。」
繋がった箇所から半分くらい引き抜いて、潤滑液を注ぎ足した。
それから、ゆっくりと腰を回した。
彼の内側の輪郭をなぞるように、動かした。
くちゅりくちゅりと下肢が音を立てる。
「…いたい…?」
「…んっ…へーき……あっ…はぁっ…。」
焦らすくらいに、緩い動きで、じわじわと、彼を高みに連れて行った。
だけど、俺もそろそろ限界が近かった。
彼が一番いいところを探し当て、擦りつけるように刺激すると、甘く掠れた声が返ってきた。
だんだんと、動きを速めた。
彼の両手は、シーツの上に敷き詰めたバスタオルを、必死につかんでいた。
俺の吐息と、彼の吐息と、呼吸を合わせるように揃えていく。
それが次第に速度を増していく。
心臓が、早鐘を鳴らすみたいに、速く打つ。
彼の中も、俺自身も、火がついたように熱い。
そこに、全身の神経が集中しているみたいだった。
だけど、鋭く研ぎ澄まされたものが、徐々に、熔解し始めている…そんな感覚もあった。
とろける…、と思ったその時。
慌てて、俺自身を抜き去って、彼の背中にそれを吐き出した。
抜き去ったときの刺激に弾かれるようにして、彼があとを追って果てた。
呼吸が、なかなか整わなかった。
思考も、筋肉も神経も、なにもかも、全身が弛緩したようにだるかった。
口を開いたのは、彼の方が先だった。
「…きもち、よかった?」
「…すごくきもちよかった…。それに、なんていうか… ひとつになれたんだなって…。」
「…あ…、うん。俺も…、うれしい…よね?」
「…うん…。うれしい…。」
「すごく、きもちよかった、の?」
「うん。すごく…。」
「…よかったぁ…。」
めちゃくちゃに汚してしまった、彼の背中と、下肢を拭いた。
後ろから、彼を抱きしめた。
彼は、俺の腕に自分の腕を纏わり付かせた。
その仕草が、いとおしい。
こめかみにキスをして、耳のふちを舌でなぞった。
彼は、感じたみたいで、腰をよじった。
「…英二、もう一回しても、平気かな…?」
「…わかんない…俺もしたいけど…。体、へーきなのかな…。なんか、さっきから、そこだけ、あついんだ…。」
そうだ、今日は初めてだったのだ。
あんまり順調にいったから、調子にのってしまった…。
彼の負担は、きっと相当なものだ。
俺ってダメだな…。
許されたら急にがっついちゃって…。
彼の体より、自分の欲望の方が大事なんじゃないか…。
いま欲張ったら、だいなしだよ…。
「今日は、もう、やめとこう、ね。…あ。また、して、くれる…?」
「…うん…。つーか、…して、ほしい…。」
「…ほんと?」
「…大石だって、俺が感じてたの、わかってたろ…?意地悪いぞ…。」
彼は、怒ったように言った。
恥じらいで、耳が赤くなっていた。
かわいい…。
「ごめん…。」
前からぎゅっと抱きしめて、それから、くちづけた。
二人のくちびるが音を立てる。
甘い、甘いキス…。
彼の腕が、俺の背中に回されて、縋り付くように力が入った。
「俺も、ごめん…。なんか、じらしたみたいで…。…まっててくれて、ありがとう…。」
彼は、伏し目がちに、そう言った。
…英二の体を手に入れた、と思ってたけど、そうじゃない。
手に入れたのは、もらったのは、彼のいろんな、気持ちだ…。
じわじわと、喜びが、俺の胸を浸食していった。
「…きもちわるい…。」
突然、彼が顔を歪ませて言った。
「…あそこがニチャニチャしてる…。俺、ウォシュレット、してくる…。」
彼は立ち上がろうとしたが、よろけてベッドの上に座り込んだ。
「もうちょっと、休んだ方がいいよ。」
「…うぅ…。」
また、不快そうに、顔を歪めた。
「痛い?」
「痛くないけど…。じんじんしてる…。ぢになったりしないかなぁ…。」
…英二が痔なんて、俺も、やだよ…。
「傷、作らないようにするから…。最後までするのは、時間がいっぱいあるときだけ。ね?」
彼は、神妙な顔付きでうなずいた。
「…ゴム、使わなかったんだ?」
「うん、一応持ってきたんだけど、つける自信なくて。ごめんね、汚しちゃって。」
「今度、使おうよ。俺がつけたげる。つけてみたい。」
と言って、ニコッと笑った。
ん?
つけてみたい?
「…使ったこと、ないの?」
「…うん。使うとき、なかったし。」
…サオリちゃんとは…?
と喉元まで出かかった。
「…サオリン?最後までする前にフラれちゃった。」
どうやら、疑問が顔に出てしまったらしい。
なんだ、そうだったんだ…。
…英二が、昔の彼女と最後までしてなかったってだけで、俺、こんなにうれしいんだ…。
…ばかだよなぁ…。
そうして、しばらくベッドの上で、英二の他愛のない話を聞きながら、彼の髪を指で梳いたり、弓形の眉を指でなぞったりして、時間をつぶした。
彼は、おもむろに体を起こすと、壁に手をあてて床に足を置き、恐る恐る立ち上がった。
「あっ、もう大丈夫かも。トイレ行ってくるね。お前も、気持ち悪いだろ?シャワーで流して来いよ。」
そう言って、衣服を身につけると、部屋を出て行った。
残された俺は、まだまだ余韻に浸っていたい、と思っていた。
情事の後の話題は、痔だとかゴムだとか、全然ロマンチックな話じゃなかったんだけど…。
それでも、顔がにやけてしまい、しかたがなかった。
立ち上がって、衣服をつけて、階下の浴室へと行った。
脱衣所には、バスタオルと、一回り小さめのタオルが置かれていた。
彼が置いてくれたのだ。
シャワーを浴びていると、外でガタガタと音がして、人の気配がした。
「英二!あんた、一日何回お風呂に入れば気がすむの!?」
彼のおばあさんの声だった。
脱衣所の前で怒鳴っている。
「ちがうよ、ばーちゃん!大石が入ってるの!」
「あら、そーなの?」
なぜか、犬までも、興奮して吠え立てていた…。
…俺は、大きくため息をついた。
誰にも邪魔されず、時間も気にすることなく、彼と愛し合えたら、いいのに…。
浪人生の身分で、分不相応なことを言っているとはわかっているが、そう願わずにはいられなかった。
今は無理でも、いつか、部屋を借りたら…。
と、妄想を広げた。
脱衣所を出ると、目の前に犬が座っていて、俺の顔を見て、ワン!と一声吠えた。
すると、奥の居間から、英二が大声で俺を呼んだ。
「おーいしー!こっちこっち!」
犬が、俺を案内するように、後ろを振り返りながら居間へと駆けていく。
あとを追うように、居間へ入ると、コーヒーの香りに迎えられた。
テーブルの上には、出来立ての、フレンチトーストが載っていた。
「…英二、作ってくれたのか…?」
「うん。運動したら、甘いもの、食べたくなっちゃって…。」
と、いたずらっぽい微笑みを浮かべた。
「…すごいなぁ。」
手際のよさと気遣いに、感激した。
そんな俺を見て、彼は笑って言った。
「こんなの、材料さえあれば、すぐ作れるのにさぁ。大石は料理できないから、何作っても誉めてくれるのな。」
促されて、席についた。
犬が、俺の椅子の横に行儀よくおすわりをして、見上げていた。
「もらえると思ってんだよ。あげないで。無視して。」
そう言うと、彼は犬を睨んで、だめっ、と叱り付けた。
「メープルシロップかけるー?それとも、冷蔵庫にハムあるから、挟んで食べるー?」
そう言いながら、彼は自分の皿に、どくどくと、大量のメープルシロップを注いでいた。
「俺も…。」
なんだかそういう気分だった。
極甘のフレンチトーストを、恋人と食べる午後のひととき…。
俺の頭の中は、一つの妄想で溢れ返っていた。
10代の、まぁ、20代でも、若い、恋する男なら、誰しもが願うであろうこと。
恋人と一緒に暮らしたい…。
そう思いながら、俺は、ただ、彼の笑顔に見惚れていた…。
end