※ミラクル・タブレット注意書き
新テニとDVDの設定がミックスしています。
☆新テニ設定:U-17選抜大会の実施
☆DVD設定:大石の外部進学
11月26日(金曜日)
菊丸英二が帰宅するとすぐ、玄関の呼び鈴が鳴った。
「すいません、菊丸さーん」
玄関を開けて声をあげている。
居間に居た英二は、インターホンの受話器を手に取ってすぐに戻した。
「はいはーい、おりますよ」
慌てて玄関へと戻ると、宅配便の配送業者であろう見慣れた制服を着た男が、ドアの扉に挟まるような格好で立っていた。
片手に小さな段ボール箱を抱えている。
「菊丸英二さんは…」
「俺ですが…」
「ATBファーマの跡部景吾様よりお届け物です。こちらに印鑑を…」
「あ、あとべ!?…は、はいはい、ちょっとお待ちください…」
跡部といえばあの跡部しかいないだろう。
それにしても、跡部から何かが送られてくるという心当たりは、英二にはまるでなかった。
箱の上には宅配便の送り状が貼られている。
そこには、住所から送り主の欄までが印刷されていた。
その送り主の欄の「(株)ATBファーマ」の後に、「跡部景吾」と丁寧な楷書で書かれている。
そして、品名の欄には「薬品」とあった。
英二は、箱に貼られた送り状をもぎ取り、ガムテープをびりりと破いた。
箱を開くと、緩衝材ががぎっしりと詰まっている。
それを取り除くと、もう一回り小さい白い箱があった。
その白い箱を取り出し、蓋を開けた。
白い綿の中に透明のプラスチックのケースがあり、薄い桃色の錠剤が二粒、鎮座していた。
確かに、送り状の品名の通りである。
白い箱の下には封筒が二通あった。
一通はいかにも上等そうなこげ茶色の厚手の封筒である。
もう一通はいわゆる事務封筒のような水色の封筒で、これにも「(株)ATBファーマ」と印刷されていた。
どちらも封はされていなかった。
英二はまずこげ茶色の封筒を手に取った。
中にあったのは二つ折りのカードである。
黒い犬の絵の上に金色の文字で「Happy 15th birthday!」と印刷されている。
カードを開くとこのように書かれていた。
「ハッピーバースデイ 菊丸
パートナーと共に昔に戻りやがれ
俺様のお陰ですばらしい誕生日を送れるよう祈っている」
もう一通の水色の封筒には、A4サイズの紙が二通入っていた。
一枚には「MT お薬の説明」、もう一枚には「MT 服用後のご感想」と大きく書いてあった。
「MT お薬の説明
・一日一回一粒まで。
・一粒で約一歳若くなります。
・効き目は約24時間です。
※効き目は体質により一時間前後の差がありますので、時間に余裕を持って服用ください。
・服用後、実際の年齢からさかのぼり約一年間の記憶が消失します。
※服用後に忘れて困ることがございましたら、メモを残されますことをお勧めいたします。
※効き目が切れた後、記憶はすべて回復いたします。」
英二は小さな透明のプラスチックケースを指にはさみ、顔に近づけた。
錠剤は楕円のような形状で、中央に縦の線が刻まれている。
そして、その線を挟んで、確かに「M」、「T」という文字が見えた。
「これでどうしろっての!?」
英二は絶句し、天を仰いだ。
脳裏には、約一カ月前の記憶がよみがえる。
☆☆☆☆☆
U-17選抜大会中、英二は跡部と話す機会があった。
皆が寝静まった夜中、英二は喉が渇き目が覚めた。
食堂の自動販売機まで来ると、先客が販売機の前のソファにふんぞり返っていた。
「よお」
「やあ」
「眠れないのか?」
「そっちこそ。俺はもう二時間ほど寝たよ」
「眠りが浅いんだろう」
そう指摘されると、そうではないとは言い切れず、英二は黙って受け流した。
硬貨を販売機に投入し、炭酸飲料のボタンを押した。
懸賞付きの販売機はけたたましい程の音を立ててうなった。
音が無くなると、周囲の静けさが一層感じられた。
「ゴールデンペアを解消すると聞いた」
「うん」
「引き止めないのか」
「まさか。それはないよ」
「おまえは引き止めると思っていたがな、俺は」
「そういうタイプに見えるわけね」
「見えるな…」
跡部は立ち上がり、缶コーヒーの缶をゴミ箱に捨てた。
跡部はレギュラーコーヒーしか飲まないとタイプだと思っていたよ、と英二は返事したくなった。
いつもの英二なら思うままを口にするのだが、この夜は何となく言いだせなかった。
四天宝寺中学に招かれ赴いた大阪の地で、英二はダブルスパートナーから思いがけない告白をされた。
その日に至るまで、ダブルス解散ということについて、英二は全く考えたことがなかった。
終わりの日が来ることはわかっていても、それが現実になるのはまだ遠い先の話だと思っていた。
文字どおり、いつまでも大石と二人でテニスができるような気がしていたのだ。
「跡部は引き止める…、いや、追いかけるタイプだね」
「ふはは、よくわかってるじゃねえか」
「跡部らしくていいよ」
手塚という跡部生涯のライバルは、渡独を決めてU-17選抜合宿を離脱した。
すぐに追うと豪語していたのには、英二も少々度肝を抜かれた。
その行動力とそれに伴う資金力は、普通の中学生の真似できるところではない。
それでも、こうして夜中に起き出して考え込んでいるところを見れば、いろいろと思うところもあるのだろう。
そもそも跡部不在の氷帝学園など、いかに高等部とはいえ、英二には想像できないのであった。
想像つかないというのなら、それは氷帝のチームメイトも同様ではないか。
それに思い及ばない跡部ではないはずだ、と英二は思った。
「大石が大石らしいのは…」
英二は瞳を閉じて、八月も盆を過ぎたあの暑い日を思い出す。
じりじりと肌を焦がす太陽。
いつまでも鳴りやまない蝉しぐれ。
大石のまなざしは遥か遠くを望み見ていた。
「夢を追いかけているときかな」
初めて会った時から、大石はそういう少年だった。
英二は大石に会ったその日に、青学テニス部は日本一を目指すのだと聞かされた。
その時の大石の瞳はやっぱり遠くを望んでいた。
そういう時の大石は、ほんの数センチ宙に浮いたような感じがすると英二はいつも思っていた。
周囲からは落ち着いて見られることが多いけれど、その実、大石にはそういうあぶなっかしいところがある。
たぶん、彼と言う人間は、夢や目標がないと生きていけないタイプの人間なのだ。
その彼が見つけた夢であるならば、自分は応援するしかない。
英二はそう腹をくくっていた。
「引き止めも追いかけもしない、か。それなら、昔に戻りたいとは思うだろう」
「…それは。正直、思うかもしれない」
「だろ?たとえば、ほんの一日、二人で戦っていた時代へと戻るんだ、心も体も」
「ほんの一日か…。そんなことができたらすごいけど…」
二人で一つのボールを、いや、夢を追いかけた輝かしい時代。
きっと、年月を経れば経るほどに、それはもっとも良き時代であったと思い出されるだろう。
「それくらいだったら、なんとかなるかもしれないぜ」
跡部はそれだけ言うと、背中を向けて食堂を出て行ってしまった。
その時の英二には、「なんとかなる」とはいったいどういうことか全く想像もつかなかった。
☆☆☆☆☆
風呂から上がると、十一時を過ぎていた。
英二の家はいわゆる夜が遅い家で、特に今日は金曜日である。
上の兄姉はまだアルバイトや外出先から戻っていない。
同室の兄は、階下の居間でテレビの深夜番組を見ていた。
普段であれば、英二も兄の横で番組を楽しむのだが、今晩は違った。
英二は自室へ直行した。
台所に寄って、コップに水を汲むことも忘れなかった。
英二は「MT」を服用しようとしていた。
いったいどんなことが自分の体に起こり、若返りなんて信じられないことが実現するのか。
それを自分が知らないで、大石に試させるなんてできるわけがなかった。
英二は、カバンの中からルーズリーフを一枚取り出した。
そしてそこにこう書いた。
「1才若いオレへ
菊丸英二は現在中学3年生。
跡部がくれた薬を飲んで、1才わかがえった。
薬を飲んだ時間は11時半ごろ。
もう1つは大石用」
透明なプラスチックのケースに鎮座する、薄桃色の錠剤。
英二は、それを一粒取りだした。
顔に近づけ、「MT」の文字を再び確認する。
ごくりと唾を飲み込み、覚悟を決めた。
「MT」を口に放り込み、コップをぐいとあおった。
英二はほうと溜息をついて、コップを机の上に戻した。
と、手足の指の先がピリピリと痺れ出した。
何か言おうにも、口や舌が自分の思い通りには動かず麻痺したようになっている。
次に、痺れは痛みへと変わり、それが全身に広がった。
英二は、痛みに堪え切れず床に倒れた。
「うう…う…」
床にもんどり打ち、もがき苦しんでも、助けは来なかった。
「ミラクル・タブレット2」へ
つづく
読んでくださりありがとうございました!
お手数でなければ、読みましたのご報告残してくださいね。
御礼SSはまさかの初・塚不二です^^