「いーけどさ。桃らしくないぜ」
英二は桃城に少し意地悪を言ってみたくなった。
桃城は手を止めて、英二を見た。
「…英二先輩は英二先輩らしくやってるんすか?」
こちらの心を見透かすような表情で、桃城は瞳をそらさない。
英二の方が負けて、ぷいと横を向いてしまった。
「今は俺の話じゃないだろ」
「…すんません」
桃城は、再びノートに目を落としペンを動かした。
「どうなったのかなって思ってたんすよ。大石先輩と…」
大石と聞いて、英二の心臓はどきりと打った。
英二は桃城の口から、大石が自分を想っていると聞いたのだった。
「どうもないよ。つーか、おまえ、俺らになんて興味あるわけ?」
「まあ、思春期ですから」
桃城はそう言って、また顔を上げた。
「ほんとになんにも?ちゅーくらいは…」
「ちゅー」という言葉に、英二の表情がさっと変わった。
それを見逃すような桃城ではない。
「…したんすね!!うわあ!」
「してない!」
「うそだ!」
「してないってば!」
「…じゃ、されたんすね?」
「!!」
英二は言葉に詰まってしまった。
まったくもって、正直者である。
顔には、そのとおりですと書いてある。
「うわあー…。なんか…」
桃城の顔はさっきまでの真剣な表情とはうって変わって、完全ににやけていた。
「おまえ、絶対言うな!誰にも!もし言ったら…」
英二は焦りと恥ずかしさのあまり、顔が真っ赤になっていた。
そんな先輩に脅されても、恐ろしくもなんともないのである。
「…じゃ、『言わなかったら』、何してくれます?」
この切り返しは、さすが青学一の曲者と言われるゆえんである。
「か、金はないぜ。知ってると思うけど…」
英二は、紅潮した顔をこわばらせた。
「金って…。そこまで悪どくないっすよ…」
桃城は、心外だといわんばかりの拗ね様である。
そういう男でないのはもちろん英二も承知している。
「金がなければ、体でー!なんつて、あはは!」
「あはは…」
桃城が笑い、英二もつられて笑ったが、顔は完全にひきつったままである。
「…マジで。体っつーか。俺にもしてください、『ちゅー』」
「…!!」
意外な展開に、硬直する英二だった。
「英二先輩、顔真っ赤。そこまで純情とは思わなかった…」
桃城は近づいて来ると、固まったままの英二の腕を引いた。
何か言おうにも、沸騰寸前の英二の脳みそはどんな言葉も紡ごうとはしない。
桃城に完全に遊ばれている、というのは英二にもわかっていた。
この冗談はどこで終わるのか、早く終わってくれと祈るばかり。
一方で、もし冗談でなく、あるいはもっと強烈な冗談で、本当にちゅーされたらどうしようという恐怖もあった。
桃城の顔が、英二の顔に近づく。
英二は、恐ろしさやら恥ずかしさやらでぎゅっと目をつむった。
桃城の右腕が、英二の腰に回された瞬間。
「ギャー!!無理無理無理!!」
沸騰しきった英二の脳みそがやっとの思いで絞り出したのは、絶叫だった。
どんっと思い切りよく桃城の体を突き飛ばすと、英二は部室を飛び出した。
突き飛ばされた桃城の「俺だって無理ッス!!」というこちらも声を限りの絶叫が、英二の耳に届く。
駆け出した英二は、走りに走ってそのまま校門を出てしまった。
「あ、やばい。カバン置いてきた…」
部室に戻るにせよ、気持ちを落ち着かせねばならない。
秋も終わりというのに、英二は大汗をかいていた。
何か冷たいものでも飲もうと、近くのコンビニエンスストアに入った。
その間に、桃城をギャフンと言わせるような一言を考えてやろうと思っていた。
菓子の棚の脇を通りかかると、見慣れた後姿がしゃがんで菓子を選んでいた。
大石であった。
「なに見てんだよ、そんなに一所懸命に…」
「あ、英二。はは、これかわいいだろ?」
見せられた商品は、いわゆる食玩で熊のマスコットとチョコレートのセットだった。
「なんか英二思い出して、つい…」
大石は、はにかむような笑顔を見せた。
女の子じゃあるまいし、そんなのもらったってつけないぜ。
大石のやることなすこと、いちいち癪に障る英二だった。
「…あれ。髪の毛、乱れてるな」
大石は立ち上がり、指でもって英二の髪を直してやった。
すると、英二の中の頑固に張りつめていたものがたちまちほどけていった。
指が髪に触れるたびに、大石のしてくれること、思ってくれてる気持ちが、英二の心に津波のように押し寄せた。
わがまま言ったり、ひねくれた気持ちでいた自分が途端に惨めに思えてくる。
癪だったのは、丸めこまれてちゅーされたことよりも、抵抗できなかったことよりも。
もっとずっと、いちばん癪だったのは、そんなことじゃない。
わかっていたけれど、認めたくなかっただけだ。
「これでよし、と」
英二の髪を直し終えて、大石は満足げに微笑んだ。
つーっと、英二の瞳から涙がこぼれ落ちた。
「な!?え!?」
うろたえた大石は、手に持っていた商品を取り落とした。
下を向いて手で拭っても、涙はあとからあとから溢れてくる。
堪え切れず、英二はその場にしゃがみ込んで顔を覆ってしまった。
「英二、どうしたんだ?何かあった?」
おろおろする大石に申し訳ないと思いながら、英二は流れる涙をどうしても止めることができなかった。
英二は初めて自覚したのだった。
自分は、大石のことが好きなのだということを。
end つーか、4に続きます♪
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