やみくもな愛と君について

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愛も、つきまとわれると、ときには迷惑になる。
それでもなお、人は愛に感謝する。   (Shakespeare)



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1年生の頃の話だが、英二が僕の本棚の本を読破したのには、こんないきさつがあった。

「…でさ、大石はー、絶対、人の悪口言わないんだよ。」
さっきから、ずっと、この調子。
英二の話題は延々、大石なのだ。

「へー。そうなんだ。」
「…リアクションうすい。」

うすくもなるよ。
ってゆーか、気付くように言ってやってるんだけど。

「…だって、つまらないじゃない。悪口言わないなんて、聖人君子じゃあるまいし。」
「…なに?成人くん家?」

「……。英二はそれでどうしたいの?大石みたいになりたいわけ?」
「そーゆーわけじゃないんだけど…。でも、なれたらいーかも。」
と言って、にこにこしている。

どうしたいということもないのだろう。
ただ、彼の話をするのが楽しいのだ。
それだけだ。

その様子に、なんだかムカムカしてきた僕は、いじわるを言ってやりたくなった。

「ムリだよ。だって、英二、噂話とか大好きじゃない?」
「噂話と悪口は違うじゃん。」

「同じだよ。兄弟みたいなもんだよ。」
「えー…。そうなんだ…?」

そう言って、難しい顔をすると、考え込んでしまった。
いじわるを言ったのは僕なのだけど、かわいそうになって助け舟を出したくなってしまう。
いつも、このパターン…。


「…あのね、汚い言葉を口にするのは、心が汚いからなんだ。きれいな言葉を聞いたり読んだりして、いっぱい心に入れると、だんだん心がきれいになるでしょ。そしたら、口から出てくる言葉もきれいになるんだって。」
「…へえ。」

彼は、心底、感心した顔で、僕の顔を見つめた。

「昔の偉い人が、そう言ったんだよ。だから、僕は、きれいな言葉の本しか読まないんだ。」
「…なんだぁ。不二だって、大石みたいになりたいんじゃん?」

…心外だ。
どうして、僕が大石を目指さなきゃならないのー!?

「…そうじゃないよ…。」

ただ、僕は、誰より心が醜いから…。
人一倍、磨かないとならないだけ。

「じゃーさ、不二の本貸して。俺もきれーな言葉、いっぱい読みたい。」
「いいよ。」

「ひらがなばっかのがいーな。」
「大丈夫。詩集や童話ばかりだから。ひらがなだらけだよ。」

「そーなんだ。むずかしい言葉、少ない?」
「少ないよ。本当に大切なことってのは、とってもシンプルなものだからね。」

「…ふぅん。よくわかんないけど、明日なんか持ってきて。オススメのやつ。」
「うん。見繕うよ。」

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…だけど。
どんなに心を磨いていても、恋をすると知ってしまう。
自分の心の醜さを。

君は、ずっとそれに気付かなければいい。
ずっと、楽園にいて、しあわせに暮らせばいい。
そう、僕は思っていた。

けれど、時間は止めることができなくて。
君は恋を知ってしまった。
それは、きっと夏の暑い暑い日。

その恋は、本当に灼けるように熱くて、君の想い人をあっという間に焦がしてしまった。

君の愛は、ただ、まるごと欲しがり、ひたすらに求める。
激しく奪う代わりに、惜しみなく与える。


まるで、信仰のようにやみくもな愛だ。
それは、滑稽にすら映るかもしれない。

神の実在を証明できずとも、人は神を信じる。
信じる理由など、いらないのだ。

同様に、人を愛するのに理由がいるだろうか。
動機が必要だろうか。
ただ愛せばいいのだ、ひたむきに。


そうやって。
僕も君のように、一途に愛することができたなら。
激しく想いを燃やすことができたなら、よかった。


そうしたら、僕の世界は変わっていただろうか。

ほんとうに、ほんとうに。


僕は君みたいになりたかった。


英二みたいになりたかったよ…。



end
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