Christmas at the end of the East

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手塚国光の携帯電話が鳴ったのは、成田空港駅発の特急列車に乗り込もうとした時だった。
構内の時計に目を遣れば、五時少し前を指している。
出発時間までには、あと五分ほど余裕がある。
再びホームへと降りて胸元のポケットから携帯電話を取り出すと、発信者表示は思いがけない人物の名を示していた。

「もしもし…。不二か」
「やあ。いまどこ?」
「成田だ」
「…ビンゴ。どおりで朝から胸騒ぎがしていたはずだ」
「胸騒ぎ?」
「ああ。東の方角にね」

不二の、こうした霊感めいた発言は今に始まったことではない。
慣れたつもりでいたのだが、いかんせん時差ボケに揺らぐ自分の脳では受け止めきれないのではないかと感じる手塚だった。


「クリスマス・イブに帰国するなんて、なんだかキミらしくないな」
そう言って、不二はクスクスと笑うのだった。

「大寒波で閉じ込められる前に逃げ出して来たのだ」
手塚は手塚で、少し口元に笑みを漏らしながら答える。

こうして不二が手塚をからかうように笑うのはいつものことだった。
しかし、そもそも他人からからかわれるということには、幼少時から縁が薄かった。
「からかい」もコミュニケーションの一種であると手塚が知り、それに応じる術も身に付けたのは、不二の存在のおかげだったといえよう。


そう、今日は12月24日だった。

U-17特別選抜の合宿を離脱する格好で、手塚はドイツへと旅立った。
それから約二か月が経っていた。
ヨーロッパ各国では、12月に入り到来した大寒波のために連日0℃以下の日々が続いていた。
手塚が暮らし始めた街でも、生鮮食品が手に入りにくくなり、ぼやぼやしていれば空港閉鎖で帰ろうにも帰れなくなりそうな事態であった。
クリスマス休暇に入った街は、朝には雪に閉じ込められたようにひっそりとし、夜は夜で買い出しの家族やカップルで賑わい、どちらにしても独りでは身の置き所がないと感じる日々を過ごしていた。

「明日はクリスマスパーティだからね」
「クリスマスパーティ?」
「毎年のことじゃないか。かわむら寿司でね」
「ああ、そうだった」
「まさか、もう予定が入ってるなんて言わないだろうね?」
「そういえば、跡部家からパーティの招待状が来ていたな…」

と、手塚は受話器の向こうの空気が変わったのを感じた。

「…出席の返事はしていないが」
「そう。よかった」

危ないところだったと、心中、手塚は胸を撫で下ろした。
何がどう危ないところだったのかは、本人にもよくわかっていない。
本能が察する危険というのはこういうことを指すのだろう。

「じゃあ、プレゼントを買わないといけないね」
「ああ、そうだな」
「僕も今からだから、新宿で会おうよ」
「…ああ、じゃあ、新宿で」
「うん。じゃあ後でね」

あれよという間に新宿で落ち合うことが決まり、手塚は電話を切った。
待ち合わせ時間や場所すら決めなかったが、不二の霊感をもってすればどうでもないことなのかもしれない。
日本に着いてすぐ、不二のペースに巻き込まれてしまったことに苦笑するよりない手塚だった。


新宿駅で特急列車を降り、乗降客の流れに従うと、見慣れない改札口に辿り着いた。
いつもであれば案内掲示を確認しながら、無駄のないよう行動するのが手塚の常の姿である。
久しぶりの耳慣れた言葉や懐かしい雰囲気に、すっかりリラックスしてしまったのだろうか。
自分がぼんやりとしていたことに気がついて、手塚は驚くのだった。

改札口の外に目を遣れば、なんのことはない、不二が笑顔で手を振っている。

「どうしてここだとわかった?」
「別に。ここが一番、特急のホームから来やすい改札口だからね」

自分の驚きとは裏腹に、不二はなんでもない風に歩き出す。
手塚はその後に従った。

時刻は六時半をすこし過ぎていた。
クリスマス・イブの夜、街は大層な人出であった。

ドイツと比べれば、東京の寒さなど、どうということもない。
それでも澄んだ冬の空気が、街のイルミネーションを鮮やかに映していた。
白色と青色の電球が、街路樹という街路樹をまばゆいほどに飾っている。
しつこいくらいに飾られた電球も、白と青という爽やかな色合いのせいか清々しい印象である。

「ほう。LEDか。」
「ああ。最近はね。ドイツのイルミネーションはもっと素敵なんだろうね」
「LEDはほとんど見ない。雰囲気はまるで違うが、どちらにも良さがある」

不二は手塚の言葉を聞いて、穏やかに微笑むとまた歩き出した。

「どこへ向かっている?」
「あ。何も考えていなかった。そういや、買い物しなきゃいけないよね」

呆けたような不二の表情を見て、手塚は心の奥底がほぐれていくのを感じた。

「まあ、いい。しばらくこれを楽しもう」


それから二人は、言葉少なに歩いた。
時折、不二が「きれいだね」と口を開く。
不二の穏やかな声音と清々しいイルミネーションが、手塚の心を満たしていった。

慣れない言語でのやり取りや交渉が、どれだけ自分の心を緊張させていたかということを手塚は改めて知った。
行きたくて行きたくて、焦がれるほどにあこがれた彼の地であったけれども。
そこが異国であり、自分はそこでは異邦人であることを、手塚は彼の地で思い知らされた。
東の端の国から来た、異教徒の、若干15歳の少年である自分に、一体ここでなにがしかの成果を出せるのか。
時折走るそうした不安をかき消すように、手塚は彼の地で精力的に動いた。

敷地の端までたどり着くと、クリスマスツリーをかたどったであろう円錐形のオブジェがあった。
円錐の頂点には星型の灯りがついている。
二人してそれを見上げた。

「どうしてクリスチャンでものないのにクリスマスを祝うのだろうと不思議に思っていたのだ」
「ふふ。キミらしいね」
「独りでいるより、二人の方が良いものだな」
「うん、同感」

手塚は再び空を仰ぎ、星型の灯りを眺めた。

救世主と呼ばれた男が誕生してから、2000年以上が経った。
彼は地上のすべての人々のため望んで十字架にかかり、天に昇り、天の父の右に今も坐している。
彼を神のひとり子と崇める人々は、彼が再びこの世に降臨することを信じて待ち望んでいる。

彼が救おうとしたこの世は、2000年前と何も変わっていない。
力と知恵とを持ち合わせた一握りの者だけが覇者となる世界、今も人間はその現実の中を生きている。

ただ、彼を崇める人々には希望が与えられた、それが2000年前の出来事のすべてだ。
それを何よりの恵みと言う者もいれば、それだけだと言う者もいる。

欲望と悪意とに満ちたこの世、そう考えなくとも、人生は甘く優しいだけではない。
何より、勝利こそが存在意義である、そうした世界へと自分はみずから飛び込んだのだ。

この世を生き、人生を生きる時、共に歩む人がいれば、きっとこれほど心強いことはないのだろう。
だからこそ、東方のはずれのこの国でも、人々はクリスマスの名のもとに集い戯れるのだ。

そう思い、隣を見れば、不二は口元に笑みを湛えていた。
というよりは、笑いをこらえているようである。

「なにがおかしい?」
「人間って、変わるものだなあって思ってさ…」

不二は踵を返して、来た方向へと戻り出した。

「…ホントは、留学なんて、って思っていたんだけどな…」

そうしてしばらく歩くと立ち止まり、手塚の方へと振り返った。
手塚は息を飲み、その場に佇んだ。
不二の姿はやわらかい白い光に包まれて、手塚の瞳に映った。
周囲の人々も街並みも並木道も、目に入らない。
微笑みを湛えた不二の艶やかな頭髪の周りには、光の環が浮かんでいた。

「不二!」
手塚は不二へと駆け寄った。

「この世に天使は存在するらしい」
「…時差ボケ?疲れているところ連れまわして悪かったかな」

怪訝な表情を見せる不二の髪に、手塚は手を伸ばし触れた。
天使の環は冬の外気に晒され、ひんやりと冷たかった。
不二は、思いもかけない手塚の行動に唖然とし、言葉もない。
手塚はそれに構わず、不二の手を引いて歩き出した。

「"Kommt Zeit, kommt Rat"だな」
「なに?ドイツ語?」

「なにかがわかるにはそれ相応の時間が必要ということだ」
「ふうん」

不二はまたクスクスと笑い出した。
その響きに聞き入れば、手塚の胸は一層甘やかに満たされるのだった。




"Christmas at the end of the East"
end

初塚不二SSでした!
よみましたのご報告くだされば幸いです♪



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