トゥーホットチリ・デイズ



「みずくさいよね、案外」
不二が、珍しくすねたように唇をとがらせて、頬杖をついている。

終業式後の教室。
明日から、高等部に入って最初の夏休みが始まる。
ほぼ全員が浮かれモードで、蜂の巣を突いたような騒ぎだ。

「だって。恥ずかしいよ…」
英二はというと、こちらも珍しくも消え入りそうにして身をすくめる。


なにをいまさら。
中学三年間、さんざんベタベタしておいて。
いずれこうなると、皆思っていた。

とは、不二は思っても言わず、
「どっちから?」
と、さして興味もない話題を投げ掛ける。

「どっちってのは、特になくて…」
そりゃそうだろう、という相づちも飲み込んで。

「それで…」
とだけ言って、不二は英二の顔を覗き込む。

「…それで、って?」
「最後まで言わせる気?」
「さ、最後?」


付き合って1週間、二人のことだから、おそらくまだ何も進展といえるものはないだろう。
そうはいっても、お年頃だ。
特に大石については、ムッツリではないかという疑惑が中学時代からあったのだ。

そこまで考えて、不二がふと顔を上げると、じとっとした視線でこちらを睨んでいる英二と目があった。

「なんにもないもん。それに、大石ムッツリじゃないし…」
「え?英二、僕の心を読んだの?いつの間にインサイトを体得したんだい?」
「なに言ってんだよ、さっきから不二がぶつぶつ独り言言ってんじゃん…」
「ええ?」
「さんざんベタベタしておいて、とかそんなこと思われてたなんてショックだよ…」
「ショックは僕だよ。これじゃ、橘んとこの何とかっていう部員みたいじゃないか!?」
「…もう。なんでもいいけど、俺たちのことは構わないで。不二は人気あるんだから、早く誰かと付き合えばいいのにー」


…反抗期か。
しかも、勝者の理論を振りかざすとは、生意気な…。

「…不二、また漏れてるよ」
「えっ」
「いつからそんなになっちゃったの?その変な癖治さないと、彼女もできないね…」

英二は、半分呆れた、半分バカにしたような表情を浮かべて不二を見遣る。

「いいの!僕はうまくいきそうなカップルとか、うまくいかなくなりそうなカップルとか、そういう人たちを観察してる方が楽しいんだから!」

凄い剣幕でまくし立てた割りには、発言の内容は大層いただけなかった。

「…うん。いーけど、不二もしあわせになってね」

英二は、どん引きとしか言いようがない表情を浮かべて席を立った。


つい感情的になって、楽しい暇潰しの種を逸してしまったと、また不二はひとりごちる。
気分を変えるため、席を立って廊下に出た。

自分だって、好きな人くらいはいるし、今思えば驚くほど積極的だった時期もあったのだ。
…とはいえ、それとこれとは別。


やっぱり、一方が別の学校じゃ観察しにくいか…。

そこまで思って、また漏れていなかったかとつい口を塞ぎ、周囲を見回した。
と、中等部の懐かしい詰襟姿の少年が目に飛び込んできた。

「海堂」
眼光鋭い少年の表情がやわらぐ。
怖い顔なのは緊張していたからだったか、と不二は気付いた。

「乾の教室、階が違うんだ…」
どうせうまくいくにせよ、やっぱり観察しやすい人たちは捨て置けない、と思う。

「こっち」
「え?」
「着いていくよ」
「すいません、わざわざ…」


…なんのなんの。
こちらとて、その方が都合がよいのです…。

「先輩、どうしたんすか?」
「え?」
「その、くち…」

不二は、とりあえずの防衛手段として右の手のひらで口を塞いでいたのだった。

「なんでもないよ、気にしないで」

不二はかわいい後輩に笑顔を返す。

海堂はぶるっとひとつ身震いをして、高等部の校舎は冷房がやけに効いていやがる、と思った。





「トゥーホットチリ・デイズ」end

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