天の国の入口は、とてもとても、せまいのだそうだ。
「英二なら、入れるわね。おちびだから。」
「あたしだって、はいれるー。」
「はいはい、あんたたち、みんな、入れるわよ。」
「ほんとー?」
「ほんとに?」
「入れるわよ。あんたたち、イエスさまが一番好きでしょ。」
「うん!いちばん、すき!」
「ぼくも!」
天の国は、どこにあるのか。
あの頃は、知っていた。
今はもう、入口の扉も、見失ってしまった。
☆☆☆☆☆☆
11月も終わりに近づくと、街はすっかりクリスマスムードになる。
今年もまた、思い出す。
幼い頃の記憶。
遅くとも、俺の誕生日ごろまでには、居間にアドベントカードを飾った。
クリスマス・ツリーだったり、サンタ・クロースだったり、聖家族―イエスさまとヨセフとマリア―だったりと、年によってさまざまだった。
それは、毎年、長姉が選んで買ってきた。
12月1日から、毎日一つずつ、カードの表面の24個の窓を開けていく。
窓を開けていいのは、4日に一回。
長兄以外の兄弟が、順番に、代わる代わる窓を開けた。
その年のアドベントカードには、馬小屋で生まれたばかりのイエスさまと、馬や羊などの動物たち、そして、天使が描かれていた。
「ねー、この子はだれ?鳥?」
「この子は、天使よ。鳥でも、人間でもないの。」
俺が尋ねると、長姉が答えをくれた。
「てんし…。」
「そーよ。天使は神さまのお使いなの。イエスさまがお生まれになったから、お祝いに来たのね。」
「神さまのお使い?じゃー、神さまに会ったことがあるんだねえー。」
「そーね。でも私たちだって、天の国に行けば会えるのよ。英二も、いつか。」
「いま、会いたい。てんしになれば、いま会える?」
姉は、ちょっと困って、でも、やさしく説明してくれた。
「天使はね、神さまに特別に愛されて、赤ちゃんの時に天の国に行った子じゃないと、なれないの。」
「じゃー、英二はてんしになれないの?」
「そーよ、なれないの。」
「神さまは、英二がきらい?」
「まさか。大好きよ。」
長姉の話は、幼心に全く納得がいかなかった。
だけど、今ならわかる。
神さまに特別に愛されるには、才能が要る。
どんなに、人を愛しても、神さまを一番に愛する、才能。
俺には、それがなかった。
それどころか、俺は、神さまに背きつづけている。
☆☆☆☆☆☆
「どうしたの?ぼんやりして。心配ごと?」
「ううん、なんでもない…。」
「ほんと?大丈夫?」
大石は、やさしい。
やさしい、恋人。
俺のからだを後ろから抱えていた彼は、指をぎゅっと握ってくれた。
浪人中だけど、浪人中だからか、ふたり、会う度に、キス以上のことを、していた。
いまも、もう、ベッドの上。
それは、全然いやじゃないし、むしろ、自分から誘うことも、しょっちゅうだけど。
でも、クリスマスを待ち望むこの季節は。
神さまを想う、この季節には。
胸が、ちくちくと、いたい。
大石は、俺の首すじにくちづけた。
くちびるが、あつくって、どきりとした。
だめだって、思っても。
いけないことだって、思っても。
思ったって、無駄だ。
俺を形作っている、細胞のひとつひとつが、大石のこと、すきだから。
指先に。
くちびるに。
触れられるのを、待ってるから。
背骨は、何個の骨でできているんだっけ。
まるで、それを確かめるみたいに、大石のくちびると舌が、動く。
ひとつ、ふたつ、みっつ…。
つないだ指がほどかれて、大石の指がネルシャツのボタンを外していく。
ひとつ、ふたつ、みっつ…。
襟首を深く開いて、肩からシャツをずり下げて。
くちびるが、下へ下へとおりていく。
シャツは、すっかりぬがされてしまった。
親指で、肩甲骨をなぞられた。
思わず、ふうっと、ため息をついた。
天使の才能が、あったなら、きっと、そこから羽が生えていた。
羽なんか、生えるわけ、なくて。
俺は、そこにキスされて、うれしくて。
ふるえる。
罪深い、こころ。
罪深い、からだ。
神さまに、見られたくない。
顔を、両手でおおった。
淫らな、瞳の色。
見られたくない。
枕に、顔を埋めて。
うつぶせた。
大石のくちびるは、また、下へおりていく。
背骨を、なぞって。
腰まで、たどり着いた。
不意に漏れそうになった声を、枕に押し付けて、消した。
だけど、体は、びくんと動いてしまった。
電気に触れたみたい。
腰のうしろ側が、こんなに感じるなんて。
知らなかった。
くりかえし、くりかえし。
腰を撫でる、指先。
背骨をなぞる、舌。
シーツを握って、こらえても。
のたうつ、腰。
俺の知らない、俺のいいところ。
大石によって、つまびらかにされていく。
こわい。
どんなに、淫らで、いやらしいのか。
これ以上、知るのが、こわい。
「…やだ。も。」
大石は前へ手を回して、ジーンズのボタンを外してジッパーを引き下げた。
ジーンズを引き下げられて、おしりだけ突き出した格好。
恥ずかしすぎる。
おしりにくちづけられて、胸がざわざわした。
だって、彼がこの後することが、わかってるから。
そうなったら、もう抗えない。
快楽の海に溺れてしまうのは、わかりすぎるくらい、わかってる。
「やだ。」
耳に入ってないみたい、くちづけを繰り返してる。
「おーいし、やだ。」
とまらない、くちづけ。
「もー、やだ…。」
お願いしてるのにやめてくれないから、涙がにじんだ。
俺の様子に気がついて、大石が尋ねた。
「…ごめん。俺、なんかしちゃった?」
「うしろばっかり、されるの、やだ。」
「そんなに、やなの?」
指先でもって、目尻の涙を拭ってくれた。
「だって。見えないじゃん。」
「うん?」
「俺が知らないとこ、大石が知るの、こわい。」
「どうして?ふたり一緒に知るんだから。こわくないよ。」
「こわいものは、こわいの。つづきはまた今度ね。いい?」
「えっ?」
「前は、いいよ。別に。」
大石は笑って、前から抱きしめてくれた。
「しないの?」
「するけど…。もうちょっとこうしていたい気分。英二が、こわくないように。」
「この方がすき。顔も見えるし。この方が、こわくない。」
額にキスをくれた。
あったかい。
額に触れた、くちびる。
腕の体温も、胸の体温も。
顔にかかる息も。
大石の瞳の色が、すき。
しずかな、海を思い出す。
今は、すごく、あまい色。
ぎゅうと抱きついたら、彼はまた、笑った。
やわらかな鼓動。
やわらかな声。
「ふたり、いっしょだから、こわくないよ。」
「うん…。」
こわい、って気持ち、どんどんおさまっていく。
波が、しずまるみたいに。
なんで、あんなに、こわかったのかな。
大石とふたりなら、平気だ。
いっしょなら、こわくない。
天使になれる才能は、なかったけど。
天の国にも、入れてもらえないけど。
君となら。
君とふたりなら。
荒れ狂う風に、喜んで、吹かれよう。
地獄の炎に、永遠にでも、灼かれよう。
地の底に堕とされても、ふたり、抱き合って、いよう。
end