SPICE OF LOVE

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教えてよ、お前の気持ち。

明かしてよ、お前の心の中を。

愛してる、って言われれば、それだけで、安心できちゃうんだから。

簡単なんだよ、俺…。


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7月の第二週に入って、大石が、やっと東京へ帰って来た。


彼は、東京近郊の都市にある、国立大学の医学部へ進学し、学生寮で生活を始めた。

少々無理をすれば、自宅から通えない距離ではないという。

だけど、寮生活は合理的な選択だろう。
1年からみっちり勉強しなければならない状況と。
親元を離れて一人で生活したいという希望と、経済的状況と。
すべての条件を満たすのだから。


俺の大学1年の一学期は、慌ただしく過ぎた。
ゴールデンウイーク前からは、大会の予選が始まった。

やっとのことで、5月末の日曜日に彼に会うことができた。

大学の寮へお邪魔して、電気量販店や郊外型スーパーへの買い物に付き合った。
もちろん、すごく楽しかった。
二人で買い物って、同棲カップルの気分。
うれしくて、顔がにやけた。
彼もそんな顔してた。

寮の部屋でキスをして。
お互いの、心と、体の高ぶりを、解放しあった。

でも、寮の小さな部屋の、薄い壁を隔てて人がいる状況で。
さすがにそれ以上は、はばかられた。
それで、余計に、火がついてしまった。


そういう訳で、もう4ヵ月も、最後まで、していなかった。


海の日の連休に、税理士事務所の慰安旅行で、便乗の妹ちゃんも含め、家族全員がいなくなる。
大石は留守番をするという。

やっと彼にありつける。
なんて、餓えた狼みたい。
俺はもう、とっくに限界超えていたわけで…。



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以前は怖いと思っていた、本当は甘くて甘くて蜜のような…。
俺と大石と、二人で見つけた秘密の場所。


腰が、勝手に揺れてしまう。
お前が欲しくて、早く欲しくてしかたないから。

ほんとは、ゆっくりお前を味わいたい。
だから、動かしたくないのに…。

早くして。
ゆっくりして。
どっちにしても、お前が欲しいだけ。

好きで好きで…。
どうにかなっちゃいそうだよ…。


大石は、そこから指を引き抜いて、俺の顔を見た。

俺、どんな顔してる?
みだらな顔かな?

月明かりで薄暗い部屋。
暗さに目が慣れれば表情はわかる。
でも、もっと執拗に見られたって、構わない。


「…電気、つけて、いいよ。」
「暗い方がいい。英二もだろ。」

そう言って、胸の真ん中にキスを落とした。
なんでもないところに落ちた、やさしくて熱したくちびる。
それに触れられて、電気が走ったみたいに、からだがびくりと反った。
こうやって、からだを重ねていれば、愛されてるって、確信できるのに…。

でも、大石、知ってたんだ…。
だって、暗い方が、肌の感覚が鋭くなるみたいだから。
お前の指も、手のひらも、くちびるも、舌も、ぜんぶぜんぶ。
残らず感じたい。
だから、暗い方が好きなんだ。

やっぱり、お前じゃなきゃ、だめ。
大石でなきゃ…。



4月、俺は、大学の新歓コンパで酔い潰れて、介抱してくれた女の先輩と寝てしまった。

5月には、飲み会で、ある女のコと意気投合して、ノリだけで。
意識はあったような、なかったような。

そして、6月、高校の後輩、桃城を飲みに誘った。
朝起きたら、何故だかそういうことになっていた。

先輩が誘ったのだと言われて、さすがに青くなった。
それ以来、反省して、今日まで酒を絶っている。


でも、そういうセックスの後は、それまでの刺々しい気持ちが、嘘のようにおさまってしまうのだ。

だから、その行為は、心に溜まった「澱」を発散する、一種の手段で。
恋愛感情は、ほんとに一切ないのだ。


俺の心はブレーキがあまくて、時々、暴走してしまう。

今まで、俺の暴走があんな程度で済んでいたのは。
大石が一緒にいてくれたから、なのだと思う。

俺のわがまま、八つ当たりを、なだめたり、すかしたり、いなしたり。
時々喧嘩になったけど、それで発散したことで、俺的にはすっきりできていたのだ。

7年かけて、俺は彼に、すっかり飼い馴らされてしまったのかもしれない。


浮気相手は、それぞれに、あっけらかんとしたもので。
みんな、彼氏彼女がいるのだ。

だから、ばれなきゃいいのかな、なんて、俺も思ってた。

とはいえ、本気の相手は、彼以外に考えられない。
ってことを再確認できたから、これも勉強になったのだ…。


「やっぱ、大石がいちばん…」
さっきの快感の余韻のままに、俺は思考を口にしてしまった。
まずい、と思って口をつぐんだ。

「…一番、って?…英二?」
彼は、俺の顎をつかんで、ぐいと自分の方に向けた。俺は、思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。
その音が、響いた気がした。

さっきまで、熱っぽく俺を見つめていた瞳が、冷ややかな光をたたえていく。


「…だれよりいいの?」
大石は、気付いてしまった。

答えるしかない。
「…大学の先輩。」

さすがに全てを白状するわけにはいかなかった。

「男?女?」
「…女。」

桃城とのことだけは、ばれないようにしないと。
知られたら、それこそ修復不可能になるだろう。

「何回したの?」
「…2回。」

1回というのは、嘘っぽい気がして、とりあえず、そう答えた。


「ごめんなさい。絶対、もうしないから。酔ってしちゃっただけなんだ。お酒も、やめたし。」

彼は、呆れて言葉がみつからないって顔で、俺から目を背けた。

どうしよう…。
どうしたら許してくれる?


「…わっ…!」
突然、仰向けに押し倒された。
彼は、俺の両膝をぐいと持ち上げて、自らの立ち上がったものを食い込ませた。

突然のことに、もちろん痛みはあった。
でも、既に時間をかけて準備されていたその箇所は、待ち兼ねたように、彼を飲み込んでいった。


彼の腰が、激しく打ち付けられて。
俺の腰が、うねる。
焦がれていた快楽を、絞り取ろうとするように。

…これが罰?
こんなに甘くて痺れるような罰…。


目を開けてみると、彼は泣いていた。
いや、涙は出てない。

でも、確かに、泣いている、って思った。

だから、俺が代わりに涙を流した。

「ごめん…、ごめ…なさい…、ごめん…なさ…」

自分が犯した罪に、心が切り刻まれた。


お前しかいない。
お前でなきゃだめ。
本当のことなのに。

お前以外の奴とのセックスに、深い意味なんてない。
憂さを晴らしたかっただけかもしれない。
ただ寂しかっただけかもしれない。

でも、こうして、お前を傷つけてしまった。
涙が頬を伝うけれど、優しく拭ってくれる指は、望めない。

この後、お前は言うのかな。
「別れよう。」って。
潔癖過ぎるんだよ。

でも、そういうお前だから、好きなんだ。
お前みたいな奴と出会えることは、もうないってわかるから。
俺は、どんなことしても、繋ぎ止める。



二人とも果てて、彼は体を離そうとした。
すかさず、俺は腰を捩って、力を入れて彼を締め付けた。
彼の背中に脚を回して押さえつけた。

「まだ、だめ。全然足りない。もっと、もっと、俺を大石でいっぱいにして。お願いだから。」

大石の顔は、俯いていて見えなかったけど、彼は再び俺の中でいっぱいになった。
張り切ったそれを、またうごめかして、俺を感じさせてくれた。


「…ぃし……おぉ…し……お……」
何度も何度も、彼の名前を呼んだ。
もっと、もっとと繰り返しねだった。

なぜだか、エアコンにはタイマーがかかっていて。
それが切れたから、二人とも汗だくになった。

暑くて、苦しくて、やめたいけど、やめたくない。
終わってしまうのが怖いから。


もう、なんにも聞こえない。
二人の吐息。
二人の下肢が立てる音。
ただそれだけ…。

めまいがするほどの、彼の匂い。
大好きな彼の。

お前はどう?
俺の匂いにうっとりしてる?

尋ねたいけど。
むせ返るような、行為の香りに、息苦しくて口もきけない。

俺を満たしてくれるのは、お前だけ。
俺の心も体も、お前がいなければ、枯れてしまうよ…。


東向きの窓から差し込む光が、白く輝き始めた。

夏の朝は早い。
強引に、一日を始めようとするんだ。

朝なんて、来なければいいのに。



「ね、旅行、行こーよ?」
俺が唐突にそう言うと、彼は虚を突かれた様子で、俺を見た。

別れよう、なんて言う隙は与えない。

「俺、今お金貯めてんの。10月のウチの学祭の時なんて、どう?」
「いいのか?学祭、出なくて。」

「長いから、2日くらいいなくても平気だよ。」
「て言うか、英二、学祭とか、好きだろ?」

「…大石の方が好きだもん。」
上目づかいで、彼の好きな顔を作った。
多少あざとくても、今は、それぐらいでちょうどいい。

「…俺もさ、11月の学祭抜けて、旅行でも行けたらな、って思ってたんだ。英二、誕生日近いだろ?」

考えてくれてたんだ。
うれしかった。

なんにも言えなくなって、ただ、腕に縋り付いた。
彼の顔が和らいでいて、ほっとした。


そしたら、なんだか急に、胸がずきんと痛くなったから、俺は思わず、彼の胸に手を当てた。

ごめんね、って呟いて、心臓のあるところにキスをした。


「…英二、俺も、ごめん。電話も、メールも、もっともっとするから…。もうちょっと、我慢して…。」
彼が、すまなそうに言った。

…もうちょっと、って…?


「俺、来年、学生寮出なきゃいけないんだ。そしたら、部屋借りるから…。いつでもできるようになるから…。」


「…それ、前から決まってた…?」
「うん…ごめん。言いそびれてた…。」


…なんで、もっと早く、教えてくれなかったんだよ。
これから何年も、こんな状態なんだって思ってたから。
不安で不安で。
足元が崩れてしまいそうだったのに。

ずるい。
大石は。
ひどいよ。


思わず涙が滲んで。
俺は、子供みたいに泣きじゃくった。

…お前はなんにも言わなかったから。
さみしいとか、会いたいとか、俺が欲しいとか、なんににも、言わなかったから…。


お前は、平気なの?
俺と、一緒にいられなくても、ずっとしなくても、平気なの?

俺だけが、お前に焦がれているの?
そう聞きたかったけど、聞けなかったのに…。

さみしいって、会いたいって、大石が欲しいって、言いたくても、言えなかったのに…。

大石の夢、邪魔したくないから、言えなかったのに…。


「…英二、ごめん。ごめんね。あとちょっとだから、我慢できる?」
泣き出した俺を見て、彼は慌てて。
子供をあやすみたいに優しく、俺の頭を撫でた。


そんなの、謝らなくて、いいよ。
俺が欲しいのは、もっと、違う言葉。


「大石は、俺に会いたいと思ってた?」
「思ってたよ。いつも、思ってた。」

「さみしかった?」
「うん、さみしかった。」

「俺が欲しいと思ってた?」
「欲しかったよ、英二が。お前のことばっかり考えてた。」

「大石の気持ち、もっと知りたいんだ。俺に、ちゃんと、教えて。そうしないと、俺、お前を見失っちゃう。」
「…ごめん。英二、ごめんね。俺…。」

「…大石、俺のこと、愛してる?」
「愛してるよ。愛してる。ごめん…。ちゃんと伝えてあげられなくて。不安にさせて…。」
そう言って、きつく、きつく抱きしめてくれた。


やっと、もらえた、欲しかった言葉。

愛してくれてる、ってわかってたはず。
でも、ほんとになんにも、わからなくなってたんだ。



甘えるのも、求めるのも下手な彼。
彼が申し訳なく思うくらいに、俺がいっぱい与えないと、恥ずかしがって、返してくれない。

だから、俺は、貪欲にお前を求めるし、媚びて甘える。

お前を繋ぎ止めるためなら、恥ずかしい言葉だって言う。
わざとらしい顔だってする。

なんだって、するんだよ。

それくらい、愛してる、って、わかってる?



「…だけど、英二。頼むから、もう浮気はやめて。絶対に。今度したら、俺、何するかわからないよ。エッチしたくなったら、すぐ電話して。会う方法考えるから。」

…そんな怖い顔で、何するかわからないって…。


「ごめんなさい。もう絶対しないよ。本当に。…だから、もう一回だけ、しよ?お願い。」
彼の好きな顔でねだった。

そしたら、頬がさっと赤くなったのがわかった。


朝の光も悪くない。


本当は、もう十分に満たされていたけれど。

お前の顔を見ながら、一層深く愛し合いたいから。

もう一回だけ、お前をちょうだい。


end


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