今朝、金木犀が咲いてるのを見つけた。
小さなかわいらしい花が、たくさんこぼれ落ちていて、甘い香りがそこらじゅうに漂っていた。
どうしてか、英二を思い出したよ。
会いたいな。
☆☆☆☆☆☆
学食で席を確保してから、携帯電話にメールが届いていることに気がついた。
恋人からのメールは、あっけに取られるほど、甘い内容だった。
やれば、できるじゃん、そう思ってひそかに笑った。
そうだ、大石は確か、小論文の評価は常にAだった。
論文の言葉と恋の言葉に、相関関係はないのだと、彼と付き合って知ったけど。
でも、これは、鍛え甲斐がありそうだ。
それにしても。
もう小さくも、かわいらしくもない俺をつかまえて、こんなこと、思うなんて。
おまえの方が、よっぽどかわいいっつーの。
ここが公共の場だということも忘れて、にやついた。
俺の注文したコロッケうどんを、クラスメイトがトレーに入れて持って来た。
「変なもん、好きだよな、おまえ。」
「これ、意外と癖になんだよ、今度食ってみ。」
「いーや、俺には理解できねえ。」
そう言うと、割り箸を割って二本を擦りあわせるや、自分が注文したラーメンを啜り上げた。
まーね、そりゃ、ラーメンは鉄板だけどさ。
コロッケうどんを馬鹿にすんなよ。
学食のうどんのつゆは、関西風だ。
うどん担当のおばちゃんが、あっちの出身なのだ。
このつゆに、冷凍のポテトコロッケが、実に合う。
天ぷらうどんやたぬきうどんがあるように、そもそも、うどんと揚げ物の相性はよいのだ。
コロッケを箸で割って、一口、口に入れた。
なんて、返事してやろうか。
あっちも、今は昼休みだ。
メールより、まずは電話だよな、ここは、やっぱ。
「無口じゃん?めずらしー。」
「あー。いま、脳みそ、取り込み中。」
「脳みそ、ちっちゃいからねぇー…。」
「そーそ。だから、邪魔しないでねー。」
コロッケうどんをたいらげると、クラスメイトを置いて学食を出た。
混雑する廊下を歩きながら、恋人の番号にコールする。
…出た。
「へへ…。」
向こうも、照れたように笑っている。
空いた教室に滑り込んで、恋人の声に耳を澄ました。
「電話したくなっちゃった…大丈夫?」
「うん。声聞けて、うれしい。」
「メール、ありがとー。」
「うん。」
「スカイプ入れよーって言ってたけどさ、こーゆーのもいいね。」
「そう?それとこれとは別だけどな、俺は。」
その後は、他愛もない話をひとしきりした。
向こうがどこにいるのか知らないが、好きだよと言い合って、電話を切った。
思わず、ふーっと長いため息をついた。
なんだか、頬があつかった。
うれしいけど。
手玉に取られてるような気分。
複雑だ。
とりあえず、反撃してやんなきゃ…。
ちょっと考えて、メールを打った。
☆☆☆☆
明け方まで雨が降っていたから、金木犀の花が匂い立ったんだね。
大石は、いつも俺の心を潤してくれる。
やさしい雨みたいな人。
好きだよ。
☆☆☆☆
当然、大石は、午後の授業が終わるや電話をかけてきた。
勝負に勝ったような満足感。
だけど、この甘い気分をくれたのは、彼なのだ。
またしても、複雑な俺だった。
家に帰って、このやりとりを留学中の不二にメールで伝えた。
翌朝、PCを開けると返事が届いていた。
☆☆☆☆
面白いものを、ありがとう。
大石の教育、順調そうでなによりだね。
しかし君たちは、あいかわらず、最悪で最高な二人だと思うよ…。
☆☆☆☆
笑いながら、部屋の窓を開けた。
朝の空気は、甘い香りを含んでいた。
確か、通りを隔てて向こうの家に、金木犀の木があった。
こんなに離れていても、香りが届くのか。
くどいくらいに、甘い香り。
くせになる、そうなのかもな。
金木犀の香りは、恋の香り。
俺も、あいつも、くどいのが、くせになってる。
空は、びっくりするほど澄み渡っていた。
秋晴れの一日を予感させる、朝だった。
end