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● Strawberry Fields Forever --- 菊丸先生と生物部員Aくんと教頭先生の春休み  ●



生物準備室の入り口にかかった、「Don't disturved」の札。

あやしい。

構わず開けると、窓辺にたたずむ教頭先生。

あやしい。


「あっなんだ、おまえ。入室禁止と書いてあったろう!」
菊丸先生が怒鳴る。

すこぶる、あやしい。


ちーーーん!!

電子レンジのタイマーがけたたましい音を立てて切れた。


ああ、やっぱり…。

「手塩にかけて育てたのに…」

思わず膝の力が抜ける。

「…固いこと言うな。ほんのちょっと頂戴しただけだ」
「菊丸先生は悪くないのです、私がそろそろ食べ頃だなんて言ったから…」

逆ギレとはこういう態度を言うのだろう。
菊丸先生は鼻息も荒い。

対して傍らの教頭先生は、申し訳なさげな表情だ。

テーブルの上には無糖タイプのヨーグルト。
間違いない。
これに入れて食べようとしやがった。

「…おあつらえ向きにグラニュー糖がついていたのでな」
「そんなこと、聞いちゃいません」
「まーまー、三人で味見といこうじゃありませんか」


菊丸先生が電子レンジの扉を開くと、部屋中に甘い香りが広がった。

電子レンジの中にはマグカップがひとつ。

そしてその中を覗けば、まさしく俺たち生物部員が育てたハウス栽培のいちご・一期生が、ジャムへと姿を変えていた。

出来立てのいちごジャムは湯気を立て、心なしか誇らしげにきらきらと光っている。


先生は客用の湯呑茶碗を2つ、棚から出してヨーグルトを取り分けた。
そして、その上にジャムをどっさりとのせた。

「ジャムはおかわり自由。好きなだけ食いやがれってなもんだ」

そう言いながら湯呑茶碗を差し出すと、かちんと硬い音が鳴った。
先生の薬指に嵌めた指輪が、茶碗に当たったのだ。


じろりと睨みながら、ジャムがのったヨーグルトをコーヒースプーンですくって口に入れた。

「どうだ?」
「甘いです」

「…なんたるボキャブラリーの貧困!あるいは味覚障害か!ねえ、教頭先生?」
「ははは。とはいえ、やはり彼ら学生のおかげでこうした恩恵に預かれるわけです。感謝していただきましょう」

それ見たことかという気分で菊丸先生の方を見る。
先生は、そんなことは意にも介さず機嫌良さげにスプーンを口に運んでいた。


生物準備室の中は、甘くねっとりとした香りでいっぱいだ。

窓の外では早咲きの桜が雨に打たれてうなだれている。

来年の今頃、自分はもうこの学園にはいない。
菊丸先生と、こんなバカバカしいやりとりをすることもなくなるのだ。


「ヨーグルトの酸味とマッチして…」
「…初恋の味、って感じがしますねえ」

大人二人は、うんうんとうなずき合っている。


まさか。
初恋がこんなに甘い香りであるもんか。

薬指に光る銀色から目を逸らして、再び窓の外を見遣った。
突風が桜の枝を吹き上げて、狂ったように花弁を散らしていた。





「Strawberry Fields Forever」end


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