「大石、好きなコっている?」
「ううん。いないけど…。」
こういう話、苦手なんだよな…。
誰が好きで、告白するとか、しないとか。
正直、くだらないって思ってしまう…。
俺には、テニスや勉強の方が、大事なことだと思えるから。
英二には悪いけど…。
「俺も、まだなんだ…。」
と言って彼は笑った。
その笑顔は、うれしそうで。
くすぐったそうで。
どうしてだか、俺は引き付けられたんだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
この話をしたのは、俺たちが、青学の中等部に入学した年のことだった。
「うち、大恋愛の家系なんだってー。」
「家系?」
「そっ。」
英二の両親は、学生結婚だったというのは聞いたことがあった。
彼いわく、今でもラブラブ、なんだそうだ。
「夜勤明けのとーちゃんが帰ってきて、かーちゃんと玄関先で、『ぶっちゅー』ってしてた。」
って聞いた時はびっくりした。
そんなの、うちでは考えられない。
別に夫婦仲が悪いというわけではなくて。
うちは普通の家庭だと思うけど…。
「あのさ、ジジババがいる離れにね。」
彼のうちには、祖父母も一緒に住んでいる。
「ラブレターが千通あるんだって!」
と言って、またうれしそうに笑った。
「じーちゃんがばーちゃんに書いたのが、ほとんどなんだ。」
「千通はすごいなぁ…。」
「10年間、片思いしたんだって。ばーちゃんに。」
千通とか10年間とかっていう、数字の大きさに、素直に感動した。
一人の人を、そんなに強く、想うことができるものなんだ、って。
「なのにね。」
と言って、彼はまた笑う。
今度は吹き出しそうになりながら。
「俺の名前、変だと思わない?三男なのに、英二。」
ほんとうだ。
「ばーちゃんの初恋の人の名前なんだって。ひどいだろー?」
「お祖父さんは、それ、知ってるの?」
思わず興味津々で尋ねた。
「知ってんだよ。これが。子供には理解できないだろって、じーちゃんが。」
俺も、全然理解できない。
どうして英二のお祖母さんは、そんなことするんだろう。
でもって、どうしてお祖父さんは、平気なんだろう。
これって、愛の深さゆえ、なんだろうか。
でも、なんだか、愛って複雑だ。
一筋縄ではいかない感じだ。
俺は、頭がくらくらしてきた。
「運命の人は、どこかに必ず、いるんだよ。かーちゃんが言ってた。」
そう言って、英二は、真っ直ぐ俺の目を見た。
「俺達、いつ、その人に出会うんだろうな。」
彼は、窓の向こうの、遠くの空に目を移す。
眩しそうに目を細めて。
彼の柔らかな髪の毛が、風を受けてそよいでいる。
俺は、そんな彼を見ながら思った。
人を好きになるって、愛することって、すごく、素敵なことなのかもしれない。
いつか、俺の前に、運命の人が現れたら。
俺は、今日のことを、その人に話すだろう。
昔、こんな話を聞かせてくれた人がいたんだよ、って。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
だけど、まさか。
この、大恋愛一家の末っ子本人と、俺が恋に落ちることになろうとは。
俺の腕の中で眠っている君は、あの日のことを覚えているだろうか。
あれからずいぶん長い時が経って、俺達はもう少年ではなくなってしまったけれど。
君の相変わらず柔らかな髪を、指で梳きながら、俺は思っている。
こうなることは、たぶん、ずっと前から、決まっていたことだって、思っている。
君がその人なんだって、思っている。
end