猫型インフル・リターンズ

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青春学園の放課後である。
悲願の全国大会優勝を目指し、テニス部は今日も練習に明け暮れる。

練習が始まり30分ほどが経った頃。

「越前、コートに入れ」
手塚国光の声が響く。
練習メニューは単純なサーブ&リターンであるが、この二人であるがゆえ、衆目を集める。

「…にゃーっっっ…す…??」

ゴールデンルーキー、越前リョーマは、いつも通りの返事を返したつもりであった。

「え、越前…まさか…」
ポーカーフェイスであるはずの手塚の顔が歪む。

「おチビ、かわいー!!…とかゆってる場合じゃない!」
菊丸英二が駆け出して、コートに入った。

英二がリョーマのトレードマークである帽子を取ると、真っ黒で大きな猫耳がぴん!と空を目指して立ち上がった。

「おお…」
テニス部員たちは、息を飲んだ。

まじまじと観察すれば、リョーマのトレーニングパンツのお尻は、まるでおむつをした赤ちゃんのようにこんもりと膨らんでいる。
あの中には、間違いなくしっぽが詰まっているのだろう。

「は、発症だ…」
発症、とは、もちろんアレである。
20XX年現在、世界中で猛威を奮っている「猫型インフルエンザ」である。

「本日の練習は終了、解散だ!全員、手洗いののちにアルコール消毒した上で直ちに帰宅しろ!」

緊急事態にも動ずることなく、部長の手塚は動揺する部員たちに指示を飛ばす。
部員たちはその言葉に背中を押されるように、片づけを始めるのだった。



☆☆☆☆



「チョコレート、コーヒー、玉ネギ、長ネギ、にら、海老、イカ、貝類…」

炭酸飲料はセーフか、とリョーマはほっとした。

「…以上の食べ物は2週間口にしてはいけません」

病院でもらった「猫型インフルエンザ患者への注意書き」を英二が読みあげている。
猫型インフル免疫保持者である英二は、病院まで付き添った上、そのままリョーマの家まで着いて来た。
リョーマとしては正直こういう親切はうっとおしいのが本音である。
しかし、うっかり口を開くと猫語になってしまうので黙っているのであった。

「あー、あと、またたびで遊ぶのダメね。あれ、危険。俺、死にかけてるから」
英二が先輩ヅラでリョーマを諭す。

よく知ってます、とリョーマは心の中で返事する。
猫型インフルを発症した英二がまたたびでハイになり、屋根に上って下りられず大騒ぎになったことは記憶に新しい。


「さて。おチビ寝ないとな。着替えるの手伝うぞ〜」

え?何?オレ、中一ですが…?と、リョーマは青ざめる。
このウザさは実父である南次郎に通じるものがある、とふと思う。

「…これ?わー意外!正統派パジャマ〜!」

英二は勝手にリョーマのベッドの上の布団を剥いで、中にまるまっていたパジャマを取り上げた。
白地にサックスブルーとオレンジ色のチェック柄である。
これはリョーマ本人ではなく実母の趣味であった。

「にゃ、にゃにゃにゃ、にゃにゃーにゃにゃ…!」(じ、自分で着ますから…!)
「いいって、いいって〜!つーか、ボタンとか無理だからね」
「にゃ…?」(え…?)

言われてみて、リョーマは指で制服のワイシャツのボタンに触れた。
爪がボタンに触れて、かつかつと軽い音がするばかりである。
英二の言ったことは本当で、自分の指なのに人間らしい細かい動きができなくなっているのだった。

「な〜?言ったとおりだろ?」

英二はリョーマの向かいに座り、さっさと問題のボタンを外していく。
知った仲とはいえ、いや、知った仲だからか、何という恥ずかしい状況なのだ!!
と、羞恥に悶え死にしそうなリョーマである。

「おチビ、顔赤いねえ〜?熱、上がってきたのかなあ…」

そうっす、そうっす、だからもう帰っていいっすから〜!(とは言えず。)

英二は、注意深くリョーマの腕を外して、ワイシャツを脱がせた。
今度はパジャマの上着を手に取り、腕を入れ、ボタンを閉めていく。

「次はズボン、ズボン〜♪」

英二はベッドの方を振り返り、パジャマのズボンに手を伸ばす。
いったん解放されたリョーマは、この状況から逃げ出したい一心でドアを目指して駆け出した。

「…にゃ!にゃあ!?」(わ!ちょっと!)
ベルトの部分を後ろからぐいと掴まれて、リョーマは一瞬宙に浮いた。

「…つーか、しっぽ、見せてよ!」

カチャリとベルトのバックルの音がして、ズボンが英二の手によってずり下げられた。

「にゃーーーっ!!」(やめーーっ!)

ぽんと音がしたかのように、ボリュームたっぷりのふさふさしっぽが顔を出した。

「わーふさふさ真っ黒♪立派なおしっぽだね♪」

リョーマのしっぽがふわんふわんと上下する。
どんなことでも褒められれば悪い気はしない。
本音の気持ちが正直に体に現れるのが、猫型インフルの症状の一つでもある。

「ね〜、写メ撮っていい?あー、パジャマの上、一回脱ごう」

「にゃー!?にゃににゃんにゃんにゃっ!?」(はあー!?何言ってんすか!?)
予想もしない英二の発言に青ざめるリョーマ。

「だって、黒のボクサーパンツに黒しっぽだろ。かわいくない?」
と、他意なく首を傾ける英二。
裸に黒のボクサーパンツのみの格好をリョーマにさせて、その写真を撮りたいというのが英二の言い分である。

「にゃんにゃん、にゃにゃにゃにゃんにゃーにゃ!」(ぜんぜん、意味わかんないっす!)

言うが早いか、リョーマは今度は窓をめがけて駆け出した。
慌てて英二がそれを追いかけた。
と、リョーマは制服のズボンに足を絡ませて、つんのめりそうになった。
英二はリョーマのしっぽを右手で掴み、後ろからのしかかりリョーマを床に押し倒した。

ずどんと大きな音を立てて二人が床に転がる。

「もー!急に走ったらあぶないだろ!」
「…にゃ、にゃーにゃにゃんにゃにゃにゃん…」(も、いーかげんにして…)


「…いったい、なんの騒ぎだ?」
あわただしくドアを開けて入って来たのは、越前家に同居する奈々子と、テニス部副部長大石秀一郎であった。

「きゃ」
奈々子が、顔を赤らめて、大石の後ろに隠れた。

床には、パジャマの上着を着て、下半身はボクサーパンツのみ(しっぽつき)のリョーマ。
パジャマの上着ははだけて、腹までまる見えである。
そして、そのリョーマの太ももに両腕を絡ませてしがみついている英二。
リョーマの足首には、制服のズボンが脱ぎかけの状態で絡まっている。

「え、英二。一体なにやってるんだ…」
「大石、おそーい!ちゃんとヨーグルトとアイス買ってきたあ?」
「か、買ってきたよ…」

「おチビ、写真はあとねー」

英二は腕を伸ばして、床に落ちていたパジャマのズボンを手に取った。
そして、床に転がったままのリョーマの脚から制服のズボンを剥ぎ取り、今度はパジャマのズボンを通していく。

リョーマはというと、恥ずかしさに顔を両手で覆い、襲い来る無力感のため英二のされるがままになっていた。

奈々子と大石の、不審に満ちた目線が突き刺さる。
リョーマは、このまま死んでしまいたいとさえ思うのだった。

「さ、アイスアイス〜。おチビは無糖ヨーグルトね。にゃんこはお砂糖食べちゃだめなんだぞ〜!」

英二は二人の視線など意に介することなく、意気揚々と立ち上がった。


開いたドアの隙間から、リョーマの愛猫カルピンが部屋の中の様子を窺っていた。
ととと、と部屋の中に入って来たカルピンは、ニャーと甘い声で一啼きするとリョーマに近づいてぺロリと頬を舐めた。

「にゃにゃん…」(カルピン…)

泣きたい気持ちでカルピンを抱きしめる越前なのであった。



猫型インフル・リターンズ
end

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