時間泥棒
セックスの中休みに、バスルームへ来て驚いた。
時計を見ると、さっき一度来てから1時間が経っていた。
ほんの2、30分ほど体を触り合っていただけのつもりだったのに。
ここは跡部の別荘で、奴の気まぐれで貸してもらえた。
大石と二人だけですることといえば、テニス以外にはこれしかない。
と、いうことになってしまったのは、高等部に上がってからだ。
ダブルスのパートナーという間柄を隠れ蓑にするつもりはなかったが、結果的にそうなった。
どこへ二人でいこうと、何時間一緒にいようと、疑われたことはこれまでない。
大石といると、時間が経つのが速く感じられた。
そもそも、それは今に始まったことではない。
出会ったばかりのころからそうだった。
中学生のころには、帰りが遅いのを心配して家族が迎えに来るということが何度かあった。
本人たちにしてみれば、もうそんな時間になっていたのかと驚くばかりだった。
そのころは、まさか自分たちがこうした仲になろうとは、夢にも思っていなかったが。
二人して話したいことが尽きなかった。
どうやって勝とうかと、どうしたら強くなれるかと、そのことに夢中だった。
今だって、勝負への純粋な思いは変わっていないのだが。
部屋に戻ると、大石はふとんにくるまってまどろんでいた。
跡部の別荘は、すべての客室がスイートというぜいたくなものだ。
客間をはさんで、二人ひと組の客がそれぞれ別室に泊まれるつくりになっている。
つまりベッドは一人用であり、その割にサイズは大きめであるとはいえ、成長期の男二人で眠るのは少々無理があった。
ベッドの端に腰かけて、寝ぼけ顔を覗いた。
「トイレ、よく行くね…」
眠たそうな目をこすりながら、大石はムードのないことを言う。
「仕方ないだろ、行きたくなるんだから」
おまえもされる方になってみればわかる、と言いたくなった。
ここで俺がそれを言えば、さらにムードもくそもないことになる、と思って言葉を飲み込んだ。
「ふとん、入れば?」
俺は、腰のまわりにパーカーを巻きつけただけの格好だった。
大石がそれを見て、ふとんをめくった。
「寝るんだろ?あっちの部屋行くよ」
「寝ないよ」
「眠そうじゃん」
「寝ないってば」
大石は、俺の手首をつかんで引き寄せた。
バランスを崩して、半身をベッドに沈めると、もう片方の手首もつかまえられた。
はりつけにされたようになって見上げると、大石はもうさっきまでの表情になっている。
それを見て、俺は内心ほっとする。
セックスを覚えたばかりのころは、こういうとき、快感でぞくぞくしたものだった。
年齢に合わず穏やかで出来た人柄の彼が、我を失うさまを見るのが楽しかったのだ。
裸のままでまどろんでいた大石は、勃起しかけていた。
俺は右手でそれを擦り上げる。
大石が漏らしたため息が、耳元を掠めた。
自分の皮膚の下の血液が、どくどくと脈打つのがわかる。
体の中心も、手足の端々まで、ほんとうは、すでに準備が出来ている。
というより、一度高みに上げられてしまうと、なかなか下りてこられない。
これは、する方の人間にはわからないことだろう。
セックスは、男であれ女であれ、される方がずっと気持ちがいい。
これは持論だが、誰にも確かめたことのない、推論だ。
最初は痛かったり苦しかったりと大変だけど、それは体が慣れていないからだ。
慣れてしまえば、それにはまってしまうのは、される方だ、と思う。
普段ならば時間を気にしてことを済ませ、高みに上ったきりの体を持て余す。
けれど、今日は時間も人目も気にする必要はなかった。
上ったなら上ったきりでもかまわないのだ。
「どうしたい?」
右手を動かしながら、大石に尋ねる。
してもらいたいことは決まっているのに。
「入れてもいい?」
大石は、俺の望み通りの答えを返してくれる。
俺はキスで返事を返す。
入れる直前のキスが好きだ。
余裕がないのに余裕があるふりして、時間をかける。
本当は、唇も皮膚もふるえるほど感じている。
脚の間が生温かいような熱いような気がして、その少し奥にはさっきまでの感触がもやもやとうずいている。
手の中の大石のは、限界まで張り切っていた。
それを指が感じるだけで、めまいがする。
いつもより一層あまく感じる大石の唾液を飲み込んで、唇を離す。
大石は俺の右足首をつかんで持ち上げた。
宙に浮く自分のつま先と、大石の顔を交互に見る。
指先が周辺をなぞり、ゆっくりと差し入れられる。
「…たぶんそのまま入れて平気」
俺は、ふーと息を吐きながら答えた。
焦れた気分を隠して、慎重な大石を促す。
「うん」
どうしてか、何度しても、このときの大石の顔は切羽詰まっている。
下手すると冷たい表情に見えて怖いけれど、よく見ると眉間にしわがよっている。
この顔を見ると、俺までなんだか切羽詰まった気分になって、いつも泣きたくなった。
待っていたものが、入口の近くでさまよう。
俺はもどかしくなって、投げ出していた左脚の膝の下に腕を差し込んだ。
大石は俺の気分を察してか、右脚のふくらはぎに唇を這わせ、くるぶしにキスをくれた。
切羽詰まった顔のまま、すこし、微笑んで。
にちゃりにちゃりと、ゆっくりとした音が体の下の方から響く。
縦に揺さぶり、入口近くを撫でていく。
そこも気持ちいいけれど、じれったくて。
枕に頭をつけて、腰から上をのけ反らせる。
もっと、深く受け入れたい。
腰の奥の方には、甘い痺れがずくずくと脈打っている。
奥の奥に、気持ちがいいところがあると体が知ってからは、そこに辿りつかずに終わることはできない。
時間をかけてそこを刺激されて、痺れるような感覚に浸りたい。
「あっ」
大石が俺の両足首をつかんで持ち上げた。
足のつま先が宙を掻き、シーツの上へと着地する。
「やっ。もっと、ゆっくり…」
「だめ」
懇願は聞き入れられず、大石の体が二つに折り畳まれた俺の体をえぐるように動いていく。
こうなったらもう、俺の希望は二の次だ。
とはいえ、俺も逆らわない。
あとで懲らしめてやろう、くらいは思うけれど。
俺は、自分の体や感覚が大石に翻弄されることを楽しんでさえいた。
もうすっかり知られている俺の体は、大石にいいようにされていく。
俺は全てを預けて、されるままになる。
腸壁に沿ってなぞり掻きだされると、そのたびに、呼吸が止まるくらい感じてしまう。
空いた両手でシーツを握りしめ、足の指まで力を入れてとてつもない快感をやり過ごそうとする。
「んーっ、んっ、んっ、んっ…」
俺は声も上げられなくて、頭の中で大石の名前を呪文のように繰り返し唱える。
(おーいし、おーいし、おーいし、おーいし…)
大石が動きを止めると、俺が息を大きく吸って吐く。
それを何回か繰り返すと、だんだん頭がぼんやりしてきた。
酸素が足りない。
目の焦点が合っていないのが、自分でもわかった。
俺の体に沿って動く、大石のが。
奥の奥から引きずり出す、隠しておきたいものも。
いくじなしの、なさけない、弱い心を。
腹の奥から掻き出して。
なにもかも、さらけ出されてしまう。
こんなに夢中になってしまって、どうしよう。
俺たち、うまくいかなくなったらどうしよう。
俺は、大石なしでは生きていけなくなっちゃって。
こんなこと。
気持ちいいこと。
知らなければよかったよ。
俺をこんなにしたのは大石なのに。
俺を捨てたりしないで。
捨てたりしたら、おまえにあげた時間、全部返してよ。
「英二?」
動きを止めた大石が、俺の顔を覗きこむ。
「痛いの?」
大石はけげんな顔つきで、俺の頬を拭う。
俺は、自分が涙を流していたことに気がついた。
「痛くないよ…」
「どうしたの?具合悪い?」
「いいから。もっとしてよ」
「うん…」
そう言ったのに、なぜだか今度は大石の方が泣き出してしまって、結局続きはしてもらえなかった。
泣きじゃくった顔を隠すように、大石は俺の胸を抱いてそのまま眠ってしまった。
大石の頭を撫でてやりながら、俺も眠ってしまった。
費やした時間が戻ってこないとしても、それはもう、どうでもいいことだった。
「時間泥棒」 end
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