エデンから遠くはなれて

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人は誰かを好きになるように出来ている。
その誰かと一緒に生きるように出来ている。

きっと、神様がそういう風に人を作ったんだ。
だから、いつの間にか誰かを好きになっても、どうしようもない。
そういうものなんだから。そういう風に作られたんだから。


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午前の授業が終わると、弁当を持って移動する。
そういう習慣だった。
不二と俺との習慣だけど、たまにテニス部や6組のだれかが加わる。

場所は、季節に合わせて居心地のいいところを探すのだ。
冬は日当たりが第一条件だけど、今日は日が射してもいないから、外は無理だ。

さぁ、どーしようか。
と、不二に話し掛けようとしたその時。

「エージ!」
聞き慣れた高い声にはっとして、振り向いた。

「おうっ、サオリン久しぶり〜」
俺のことを名前で呼ぶ女のコはこいつだけ。
俺の元カノ。

「悪い、今、ちょっといいかな?」
不二の方へ振り返ると、さっきまでそこにいたはずの彼はいなかった。

さすが、察しのいいこと。
彼女が提げたオレンジ色の紙袋を見て、姿を消したようだった。

今日は2月14日、女のコたちのお祭りだ。

でも俺達二人の間には、そんなワクワクするもん、あるはずがなく。
だって俺、1年近く前に、このコにフラれてるんだから。


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元カノといっても、1ヵ月と半分くらいの短い付き合いで。
去年のバレンタインデーに告白された。

お互いお祭り大好きの、ムードメーカー同士。
席が隣でしょっちゅう話して、気心知れていた。

兄貴も、前から言ってたし。
「付き合ってみなきゃ合うかどうかわかんない」って。

だからとりあえず付き合ってみようかって感じだった。
俺達、話も合うし、気も合うし、ケンカもなくて、うまくいってると思ってた。

だけど、春休みに、彼女の部屋でいい雰囲気になったところで突然言われた。
あんたに私のバージンあげるわけにはいかないから別れて、って。

いろんな意味で絶句だった。
でもよく話してみたら、俺の方が悪いと思った。

「あんた、私を練習台だと思ってない?なめんな、っつーの。」
って言われて。
反論できなかった。

俺達、付き合い初めてすぐにキスを覚えて、セックスの一歩手前まですすむのもあっという間だった。

彼女のことは、好きだと思ってた。
誰かの代わりだなんて、ホントに思ったこともなかった。

でも、俺は、あまりにも、幼かった。
まだ、恋というものを知らなかった。

彼女自身より、キスやセックスのまね事に夢中だった。
彼女は、俺のそういう所が我慢できなかった。

それから、半年も経たないうちに、俺は、恋を知った。
彼女がどんな気持ちだったか、ほんとうに理解することができた。

だけど、彼女とはそれでおしまい。
ショックだった。

さよなら言われるのって、見捨てられたみたいな感じ。
こんなに辛いんだって、知らなかった。

それに、向こうから告白されてフラれるのって、「見た目は良かったんだけど」って言われたようで、ダメージ大きすぎ。


「サンキュー。今年ももらえるなんて思ってなかった。」
「当たり前じゃん。私、今でもエージのこと、大好きだもん。」

彼女はそういって笑った。
いい笑顔。

それに、大好きって言われるのって、うれしい。
励まされるっていうのかな。

紙袋の中の包みを見せながら、彼女は話し続けた。
「チョコレートケーキ焼いたんだ。アプリコットいれて。チョコと合うかなと思って。」

チョコレート色の包装紙をオレンジ色のリボンが飾っている。
「エージの色」って、彼女が言ってくれた色。

サオリンかわいいな。
いい奴だし。

あんな別れの後だって、たまに話すと凄く自然にしてくれて。
俺の試合もたまに応援に来てくれてたんだって、全国終わってから聞かされた。

俺、なんでこんないいコに真剣になれなかったんだろう。


「…それでね。報告。彼氏できたぁ。」
「えーっっ!早く言ってよー!」

思わず出た声が大きくて、自分で驚いた。
笑顔の彼女が、みるみる顔を曇らせた。

「ちょっ。何その反応、最悪。そこは、妬いてくれないと。」
「あっゴメン。相手は?」
「エージ、絶対知らないよ。文芸部だし。」

ぶっ文芸部ぅ〜!
また叫びそうになるのを必死にこらえた。

文芸部って、虚弱体質の乾みたいなのとか、大和先輩みたいなのとか…、ばっかりなんだろ。
たぶん。
知らないけど。

「お前、話合うわけ…?」
「失礼ね…。あのね、私と話してると『目からウロコがぽろぽろ落ちる』んだって。」
彼女にしては珍しいくらい、女の子ぽく微笑んで、そう言った。

それ、その『目からウロコ』、俺も大石に言われた。
突然体温が上がった自分の体にとまどった。

「それにさ、ヤツなら、一緒に歩いて行けると思ったの。」
「俺、一緒に歩けてなかった?」
「ぜんぜーん。エージ、横見てくれないし、気がついたらおいてきぼりだったもん。」
「ゴメン。」

彼女はなんにも言わないで頭をふるふると振った。
あの頃より伸びた髪が揺れて輝く。

「俺さ、お前に会えて良かった。お前からいっぱい教えられたよ。ありがとう。」
彼女の瞳にみるみる涙があふれた。

「泣くなよー。」
と言って頭をなでた。

こうされると、逆に涙が止まらなくなってしまうのを、末っ子の俺は知っている。
でも、愛しいから泣かせたくなるってこともあるんだな、そう思った。

「彼氏に恨まれるなー、俺。ケーキもらっちゃったし。俺が謝ってたって、ちゃんと伝えてね。」

彼女は涙をこすりながら言った。
「大丈夫、ヤツは。私の理解者だから。」

「…すげー自信。お前、のろけに来たわけ?今気付いた。」
そう言って俺が笑うと、彼女もケラケラと声を立てて笑った。
今泣いたカラスが、だ。

ホント、君はいっぱい教えてくれた。

恋をしたら、真剣な気持ちで相手に向き合わないといけない、ということ。

さようならを言われるのも言わせるのも、めちゃめちゃしんどい、ということ。

大好きって笑顔で言われるのはとってもとっても心地いい、ということ。


「も、行くね。エージ独占したら、他の女子に殺される。」
「アハハ、またねぇ。ありがと。彼氏によろしくー。」
名残惜しくて仕方ないけど。

「バイバイ。」
と、声は出さずに口だけ動かして、彼女は小さく手を振った。
その姿に何故だか胸が少しうずいた。

髪を揺らして走る姿が小さくなってゆく。


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彼女は、片割れを、見つけたんだ。
彼女によく似た俺じゃ、ダメだった。

人はみんな完全じゃなくて、足りない所がたくさんあって、それを補おうとして、誰かを好きになるのかもしれない。

ああ、だから。
誰かと生きるために、人はあらかじめ、不完全に作られているのかな。

答えが欲しくて、空を見上げた。
だけど、二月の空は鉛色で、厚い雲におおわれていた。
神様のいる所はここから見えそうになかった。


end
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