喧嘩は得意で、小学校時代から負けたことがない。
得意なものは好きなもので、だから俺は喧嘩が嫌いではない。
嫌いではなかったはずなのだ。
それなのに、こんなふうにモヤモヤした気分になるのはどうしてだろう。
昨日、大石と喧嘩した。
原因は、俺の陰口。
同じ1年でレギュラーの手塚が、俺はどうにも気に入らない。
手塚を気に入らないのは、なにも俺に限った話ではない。
テニス部員が何人か集まれば、自然、手塚の話になる。
それが大石の耳に入った。
ほんとうにそんなこと言ったのか、と尋ねられた。
ほんとうだ、それのどこが悪いんだ、と答えた。
それがはじまりで、胸倉を掴まれて壁に押し付けられたから、足で腹を蹴ってやった。
あとは興奮してしまって、あまり覚えていない。
残ったのは、手足の擦り傷と、このモヤモヤした気分。
喉にとげみたいなのがひっかかって、ずっととれない。
部活に行きたくないと思ったのは、これが初めてだ。
授業後のホームルームが終わっても、立ち上がりたくなかった。
座ったままでいたら、掃除の邪魔だと女の子たちに廊下へ追い出された。
ロッカーを開けて、ゆるゆると部活の準備をする。
休むのもシャクだが、行きたくもない。
だいたいが、大石は生真面目すぎる。
そういうところが面倒くさい。
そんな奴と、3年もペアを組んでいけるだろうか。
それに、手塚が気に食わないのは事実だ。
チームメイトだからといって、そういう気分に蓋をするのは好きじゃない。
陰口って、そんなにいけないことだろうか。
みんな、していることなのに。
「英二」
声の主は、大石だった。
自分の顔がこわばるのがわかる。
一方の大石は、いつもと変わらない表情だ。
「昨日は、ごめん」
え。
なんで?
俺が悪い、いや悪くない。
どちらかといえば、俺の方が悪いのに…。
「やりすぎた」
…そんなこと、ないと思う。
ごく普通の喧嘩だった。
「英二のことだから、ペア解消とか思ってるんじゃないか」
それは図星、かもしれない。
「俺は英二といいペアでいたい。最強のペアになりたい。強くなろうよ、みんなで」
二人ですごいペアになりたい。
みんなで強くなりたい。
全国制覇したい。
全部心から思ってるし、絶対できると信じてる。
信じてる、それは本当だろうか。
手塚も大石も、本当に信じてる。
できると思っている。
不二も、乾も、たぶん同じだ。
俺は、どうだろう?
本当に、できると思っているだろうか。
「…もう言わないよ。陰口とか、しないから」
「ほんと?よかった…」
すごくうれしそうな大石の顔。
見ていたら、心がほぐれていくのがわかった。
大石が右手をこちらに差し出した。
「仲直り」
その手をとって一歩踏み出す。
「うん。ごめんね…」
ふと足元を見ると、真っすぐな白い線が目に入った。
廊下の真ん中に引かれた一本線。
俺はそれを越えて、大石のいる側へ来た。
今はもう、俺もこちら側の人間だ。
信じる側の人間だ。
本当は、ずっと、こっちへ来たかった。
光射す、明るいほうへ。
「beyond…」end
長らくアップを忘れていました(汗)
短い話で恐縮ですが、よろしければよみましたのご報告をお願いしますね