あまえないでよ

LIST




あまえたい。

あまえたい。


あまえられるのは。
無理。

慣れてない。

なにより、がらじゃない。


だけど、あんなかわいい顔して。
あまい瞳で。
ねだられたら…。
どうしようかなって、まようんだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


3月の初め、大石は、アパートの部屋を借りて、学生寮を出た。

まだ何もないけど、おいで。
買い物手伝って。
そんなこと言われたから、俺は、彼の住む街へとほいほい出かけていった。


引越しから数日後の部屋へ入ると、ほんとに何もなくて。
家具と家電はあるんだけど、なんというか、ないと困るものが、普通になかった。

なにより驚いたのが、大きな窓にカーテンがかかっていなかったこと。

「おーいし、カーテンは!?」
「まだ、買ってない。」
「どーすんの。俺、やだよ、泊まるの。」
「だから、今日、買い物行くんじゃないか。」
「今まで無くて平気だったの?」
「だって、夜だけだろ、困るの。」

…ありえない。
…案外、ズボラなんだよなー。



とりあえずカーテンを買いに行こうと、街唯一のデパートらしいデパートへ出かけた。
平日の午後で、これで商売成り立つのかと心配になるほど客がいなかった。

「何色がいいかねー?」
「英二、何色がいい?」
「大石の部屋なんだから、大石の好きな色にすればー?」
「…うん。…俺なんでもいいや。英二が決めてよ。」

はぁ?
なんなのさー。
なんで俺が決めなきゃなんないの。

ほかに買ったものについても、万事この調子で、俺は、だんだんめんどくさくなっていった。



さて帰ろうという時に、趣味のよい服を並べた店を見つけた。

ちょっと見ていいか、彼に断って店に入った。
普通の黒いTシャツが欲しくて、あちこち見ていた時期だった。

大石は、俺のあとをついて来た。
俺がTシャツを手に取ると、すかさず尋ねた。

「欲しいの?」
「もーちょっと考えてから…。」

「買ってやろーか。」
「ちょっと待って…。」

延々、この調子で、うんざりした。


「御試着されますかー?」
店員が声をかけてきた。

「着てみまーす。」
「…Tシャツを試着するのか!?」

…しちゃ、いけないわけ!?
「ねー、もうちょっと、ゆっくり選ばせてよ!…桃なんて、何時間だって黙って付き合ってくれたのに。」

「…あいつは後輩なんだから、お前の言うこと聞くに決まってるだろ。だいたい、なんで、桃が出てくんだよ!?英二、お前、まさか…。」
「なんだよ、まさかって。お前、なんか疑ってんのか!?」

「…あのっ、お客さま…。困ります…。」
「…あ…。すっすみません、すみませんっ!」

二人して、平謝りして、逃げるように店を出た。
自分たちが体育会系の男二人ということを忘れて、思い切り揉めてしまった…。
警備員呼ばれなくて、よかった…。

もう、あの店行けない…。
穴場だと思ったのに。



バスターミナルのベンチに並んで座っても、彼は何も話さない。

俺達以外にバスを待っているのは、老人ばかりだった。
東京をちょっと離れれば、アメリカ並みの車社会なのだ。

静かすぎて、超ー気まずい。

もう帰りたい…東京に。


なんで、桃の名前なんて、出しちゃったんだろ…。
そりゃ、過去にちょこっと間違いはあったけど、全くその気なんかない。

大石と桃を比べるつもりだってない。
ない、と思う…。
なんだろ、これ、甘えかな…。
桃ができるんだから、大石もできるだろって、そうしてよって、気分だったのかな。

…今まで、大石と一緒に買い物したことはあったけど、服の店は初めてだったんだ。
彼の行く店はよく知らないけど、Tシャツの試着なんかしないよーなところなんだろう。

俺の見るもの、片っ端から欲しいのか確認して…。
自分だって学生なのに、物要りの時期なのに、買ってくれようとして…。
かわいい人…。
…うっとーしいけど。

あーどうしよう。
チューしたくなっちゃった…。
彼はまだ怒ってるのに。

とりあえず、誤解は解かなきゃ…。

彼は携帯電話の画面を見つめていた。
俺は、心の中で桃に謝りながら、短いメールを打って、大石に送った。

「……!」
彼は、無言のまま、驚いて、俺の方を見た。

「ないしょだよ。」
ごめんね、桃。
お前の想い人、ばらしちゃって。


あとは、謝り倒すだけ。
こういうときは、俺、なりふりかまわないのだ。
思い切り媚びた声で、まつげを伏せて。

「ごめん…。俺…大石にあまえてた…。かわいくなくて、ごめんね…。」
「…あまえてくれても、それは、全然かまわないよ…。俺だって、今日は、なんかあまえてたよな…?」

…ああ。
あの、英二が決めて、ってやつ?

甘えてたんだ…。
めんどくさいと思ってたんだけど…。

俺、末っ子だし、いつも甘える立場が多いから…。
甘えられたことなんてなかったから…。
甘えられるの、慣れてない。

めんどくさい選択権を投げてよこすのも。
あーして欲しいこーして欲しいと思うことも。
甘えの一つのかたちなんだな。

お互いにもたれ合うことが、いまはうまくできないけど、いつかできるようになるのかな…。

めんどくさいとか思わないで、しかたないなーなんて、甘えさせてあげられるようになるのかな…。


「…たまになら、いーよ。大石も、あまえて。」
「…たまに?。」
「やなの?」
「…やだよ。俺だって、あまえたい。」

…大石の拗ねたような顔。
かわいい…。
レアだよなぁ…。
こんな顔、見られるの、俺だけ。
心の中でほくそ笑んだ。


でも、もうちょっと、がまんしてもらっても、いい?
焦らしてみても、いい?
甘えたいってねだるお前が、かわいいんだもん。


「俺がいっぱいあまえてからならいいよ。…それでもいーい?」
「…うん。それでもいいよ。」

…つーか、そんなに甘えたいんだ?
もたれ合うことが上手にできるようになったら…。
もう、なんか、家族みたいじゃない?
そんな日が、ほんとに来るのかな…。


…来るのかも。
ほんの数ヵ月前まで、明日終わりが来ても不思議はないと思ってた。
でも、今は、逆に、終わる日が見えないんだ。

それは、たぶん、彼だから、なのだ。
俺が不安にならないように、彼が努力してくれているから。
こわがらないで、気持ちを明かしてくれるから。
いっぱい好きをくれるから。


大石って、結構すごいんじゃない?
そう思って、彼を見つめた。

「…ん?なに?」
「好き…。」
「…あっ…ありがとう。」
「ありがとうじゃなくて。」
「あ、うん。俺も好き。」


バスがロータリーに入ってきた。

彼の部屋に着いたら、ドアを閉めたら、俺の方からキスしちゃおう。
いっぱいキスしてって、甘えてやるんだ。
その後で、ちゃんと甘えさせてあげるから。
そーそー、カーテンつけるの、忘れないようにしなきゃ…。



東京より春が遅いこの街は、まだずいぶん肌寒いけれど。

彼といると、心臓のところも、指先までも、あったかいのだ。

彼も、俺といると、そんな気分だといい。

そう思って、彼と二人、バスに乗り込んだ。


end


LIST

-Powered by HTML DWARF-