愛を堰き止めよう
君のやわらかい髪が、夏よりも少し伸びた。
夕焼けに照らされて、燃えるように赤い。
その髪がふわふわと、夕方の風にそよいでいた。
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俺は、3年6組の教室へと、君に呼び出されたのだった。
君は、見慣れた背中をこちらに向けて、窓際にたたずんでいた。
「英二。」
呼び掛けると、こちらを振り向いた。
長い睫毛をゆっくりと瞬かせながら。
「大石…。」
彼は、こちらへ近寄ると、俺の右手を取った。
手首を優しく撫でられて、体がかっと熱くなった。
だけど、君から瞳を逸らすことはできなくて、睫毛を伏せたまぶたの上を凝視した。
「大石、俺と、ダブルスやらないか?」
君は、まぶたを開いて、俺を見つめた。
瞳の奥には、静かな焔が覗いて見えた。
「次の、三年間も。真剣に。」
「うん…。」
考える間もなく、俺は返事をしていた。
「ほんとに?やった!」
君は満面の笑みを浮かべていた。
ほんとうは、そんなつもりはなかったんだ。
中等部の三年間で、悔いのないように、やりつくした。
だけど、悔いはなくても、未練はあったのだ。
君とのダブルスに。
それに。
俺と君との間にテニスが無くなったとして、俺はどうするつもりだったのだろう。
正面から向かいあえば、抱きしめるしかないじゃないか。
君の姿は、俺の瞳にこんなにも甘やかに映っているんだから。
想いの奔流を堰き止めるものがなければ、君を押し流してしまうよりないじゃないか。
その後には何も残らないくらい、不毛な想いなのに。
あの夏の日から、俺の心のすべては、君にさらわれてしまっていた。
あんな風に激しく、熱く、自分という存在を求められて、心を揺さぶられないでいられるだろうか。
「よかった…。断られたら、どうやって説得しようか、いろいろ考えてたんだ。」
そう言って、君は無邪気な瞳をくるくると動かした。
「また、全国制覇、目指そう。」
他に言う台詞が、見つからなかった。
不用意に口を開くと、君を好きだと言ってしまいそうで、恐ろしかった。
「うん!」
ほんとうにうれしそうに、君が答えた。
その顔を見るためなら、俺はきっとなんでもできてしまうんだ。
だから、あと三年間、ともに戦おう。
君への想いだって、俺はきっと堰き止めてみせるから…。
end